随筆・その他

リレー随筆

「へびを飼う」ということ


鹿児島県立大島病院 宇都 寛高

 私はへびを飼っています。
 そう言うと大抵の人は驚き,そして二の句に「毒とか持ってないの?」と質問をします。その度に私はへびのことがよく知られていない現状に少し寂しさを感じます。そこで今回はこの場をお借りしてへびの実像とその魅力,そして飼育方法についてお話しさせていただきたいと思います。
 まず,へびのイメージについてですが,一般的には「怖い・危険・気持ち悪い」という感じでしょうか。「へび=毒」と思っている人も多い印象です。しかし,実際には違います。

【へびはとても臆病】
 へびはものすごく臆病で,人間と遭遇しても逃げるか丸まるかのどちらかです。人が恐れる以上に,へびは人を怖がります。「窮鼠猫を咬む」の精神で攻撃してくる個体もいますが,それはごく一部の話。それに,咬まれても実はそれほど痛くはありません。へびの牙は日常的に使われる注射針よりもずっと細く,牙が刺さるスピードもあっという間で,痛みをほとんど感じません。あるとすればアレルギーや毒などによる炎症です。ちなみに,えさを触ったあとの手を目の前に出すと匂いと体温でえさと勘違いされますので注意しましょう。

【だいたいの身近なへびは毒なし】
 世界的に見て致命的な毒を持つ強毒種はほんの一握りです。多くは無毒・弱毒種であり,咬まれても多くの場合は少し腫れる程度で済みます。ただし,アナフィラキシーショックの可能性はありますので,毒がないからといってむやみに咬まれるのは避けましょう。
 人命に関わる毒を持つ種類のへびは法律で「特定動物」に指定されており,無許可での飼育が禁止されています。生態系に大きな影響を与える外来種の「特定外来生物」とは異なり,「特定動物」は人命や人間社会の安全を脅かす可能性があるということです。もし無許可の特定動物を飼育している人がいたら,地域社会の安全のためにも通報しましょう。(無許可の特定動物飼育がニュースで流れると,メディアの力でその生物の印象はひどく悪化します。どの視点から見ても本当に無責任で迷惑な話です。)

【「気持ち悪い」は特徴ではない】
 「気持ち悪い」というのは個人の感じ方であり,そういう感想もあっても良いと思います。しかし,それをあたかもへびの特徴のように扱うのはいただけません。確かにへびは他の生き物と比較して得体の知れなさがありますが,見方を変えればそれは神秘さとして受け止められ,その結果世界中の神話にその姿を見せています。
 へびに負のイメージが定着してしまった最大の原因は,へびに対する無知だと考えます。私はへびを飼っていることに驚いた人には丁寧に説明し,機会があれば家のへびを見せたり触れ合いさせたりします。すると,多くの人が以前よりもへびを怖がらなくなり,中にはへびの飼育に興味を持つ人もいるくらいです。知ることでへびの負のイメージは簡単に変わります。
 ここまではへびは怖くないということについて説明をしてきました。では,へびの魅力とはいったい何なのでしょうか。私なりの見解をご紹介します。

【鑑賞価値の高い,美しい模様】
 へびには鮮やかな模様があり,その美しさからへび皮として服飾にも使われています。ベーレンパイソンなど,種類によっては鱗の表面に煌めく玉虫色をまとい,まるで生きた宝石のようです。
 また,同じ種類のへびでも遺伝子の掛け合わせによって様々な模様パターン(モルフ)があり,毎年のように新しいモルフが生み出されています。モルフの多い種類で有名なものはコーンスネークやボールパイソンがあり,モルフによっては野生型の10倍以上の価格で取引されています。ブリードすることにより自分で好きなモルフを作ることもできます。

【いぬねこと共通点のある顔】
 へびの顔をじっくり観察したことのある人はわかると思いますが,ニシキヘビの仲間の口元は本当にこのような形状(ω)をしていて,ねこそっくりです。
 目は縦に切れ長のは虫類然とした目を持つものがイメージされやすいですが,アオダイショウに代表されるナミヘビの仲間はまんまるの瞳孔で,これもまたねこそっくりです。モルフによっては目全体が黒くなり,ミニチュアダックスフンドのようなつぶらな真っ黒お目々になります。

【極上の触り心地】
 へびの鱗はきめ細かく,見た目以上に保湿されています。そのため,全体的にさらさらもちもちとした手触りです。特にお腹側はもっちもちのもち肌で,しっかり手入れしている女性の柔肌に匹敵します。ちなみに抜け殻はビニールに似た手触りです。
 また,へびはものをつかむ(絞める)とき力がそこそこあり,1.5mほどのへびに手をつかまれる感覚は小さな子供と手をつないだときとそっくりです。

【行動で語る】
 へびには声も表情筋もないので感情がないと思われがちですが,へびは行動で語ります。おなかが減ると期待した目でこちらを見つめます。えさの準備を始めると待ちきれずにそわそわします。おかわりを目で催促してきます。慣れるとあごの角度や首の巻き方で考えていることがさらに推測できます。
 表情は変えずとも身体所作で感情を表現する,まるで「能」ですね。
 まだまだへびの魅力はありますが,これ以上行くとマニアックな世界になってしまいますのでここで打ち止めです。
 へびの魅力はたくさんあるのですが,残念なことに,これらの魅力はカメラのレンズを通すと途端に伝わりにくくなります。カメラではへびがまとう独特の空気を捉えきれないのです。今ではペットショップなどでも取り扱いが増えているので,是非とも本物を目の前にしてその魅力を味わっていただきたいと思います。
 ここまで読んで,へびの飼育に興味がわいた人がいるかもしれません。ですが「へびを飼っている人なんて近くにいないし,そもそもは虫類の飼育は難しそう」と考える人がほとんどだと思います。しかし,必要な知識はいくつかありますが,実際にはへびの飼育にそれほど手間はかかりません。

【飼育道具はシンプル】
 へびがとぐろを巻いた面積の5~6倍程度のケージ(だいたい底面積30cm×60cm程度),水入れ,ペットシーツ,パネルヒーター,暖房道具。これで総額2万円程度であり,このセットで一般的なペットスネークは終生飼育が可能です。日曜大工が得意なら自作ケージを作るのもありです。自作の場合費用は抑えられますが,脱走には注意しましょう。
 バスキングランプや紫外線ランプはあった方が健康的に育つという意見もありますが,基本的には必要ありません。

【週1回程度のえさ】
 へびは変温動物で,いぬねこや鳥などの恒温動物と比べるとエネルギーの需要量は圧倒的に少ないです。そのため,1~2週間に1回程度の食事で済みます。出張などで2週間家を空けても特に問題はありません。水はごくごく飲むので,できるだけ新鮮な水を用意しましょう。
 食事回数が少なければ排泄も少なく,週2回程度排泄があるくらいです。掃除もペットシーツを交換するだけなので掃除の手間もかかりません。

【へびとの触れ合い】
 ハンドリングとも言います。これが飼育の醍醐味とも言えるでしょう。ゆっくり扱うことが重要で,へびに危機感を持たせることなく,双方にとって安全に扱うことができます。ただし,へびは触れられて喜ぶ生き物ではないので,長時間のハンドリングは避けましょう。また,グリーンパイソンやアカマタに代表される気性の荒い種類は攻撃してきますので不必要なハンドリングは避けましょう。相手にとっても大きなストレスになります。

【上手な脱皮は上手な飼育の証】
 へびは1~3カ月ごとに脱皮をします。このとき,温度・湿度・ストレスを上手くコントロールできれば,靴下を脱いだようなきれいな抜け殻が得られます。お財布に入れる人もいますね。
 脱皮に失敗する「脱皮不全」が起きた場合は加湿し,脱皮するのを待ちましょう。


 以上のように,へびの飼育にはそれほど難しい点はありません。
 あるとすれば,それは食事関連でしょう。

【完全栄養食にして最大の山場】
 へびのえさは基本的にマウスやラット,つまりネズミです。これが飼育を始める上での大きなハードルになりやすいです。1回経験すればどうということはないのですけれどもね。
 大体は冷凍されたものを湯煎,もしくはパネルヒーターで解凍し,そのまま与えます。まるまる1匹を与えるので,へびの成育に必要な栄養素をすべて賄うことができます(大抵のは虫類はCa不足になりやすいのでサプリメントが必要)。冷凍ネズミは通販で簡単に購入できますので,扱いとしても栄養としても非常に優れたえさと言えます。ただ,人に拒絶されやすく,嫌がられ方はへび以上です。保存場所も家族とよく話し合いましょう。

【拒食治療は長期戦】
 先にも述べたように,へびは非常に臆病であり,そして神経質です。不要なストレスがかかることで拒食し,そのまま餓死してしまうこともあります。強制給餌やチェーンフィーディングといった手法もありますが,それらは上級テクニックであり,下手すると拒食が悪化します。へびはは虫類の中でも絶食に強いので,まずは食べ始めるのを気長に待ちましょう。私のへびの最長拒食記録は6カ月でした。
 へびの飼育上の問題は大体決まっているので,ネットの飼育ブログを参考にするととても勉強になります。私も自分のブログ(うろこレポート:urokoreport.blog.fc2.com)で飼育情報を発信しているので,参考にしていただけたらと思います。
 何かと毛嫌いされることの多いへびですが,実は臆病でのんびり屋さんです。
 そんなへびの魅力を1人でも多くの人に伝えられたら幸いです。

 
次号は,鹿児島県立大島病院の濱平昂一先生のご執筆です。(編集委員会)




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