=== 随筆・その他 ===
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シリーズ医療事故調査制度とその周辺(3)
東京都立広尾病院事件(3)
-広尾病院最高裁判決と医師法第21条- |
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第1審の東京地裁判決は,控訴審の東京高裁で破棄された。上告審の最高裁判決の原審は東京高裁判決である。都立広尾病院事件最高裁判決を理解するためには,原審である東京高裁判決の理解が不可欠である。合憲限定解釈の手法で医師法第21条に言う「異状死体」を明確に定義づけた東京高裁判決を最高裁は支持した。われわれ臨床医には,法律文は馴染みにくいが,もう少しなので,お付き合いいただきたい。判決の内容を以下に記述したい。
東京都立広尾病院事件
医師法違反,虚偽有印公文書作成,同行使被告事件
【事件番号】最高裁判所第3小法廷判決/
平成15年(あ)第1560号
【判決日付】平成16年4月13日
【判示事項】
1. 医師法第21条にいう死体の「検案」の意義
2. 死体を検案して異状を認めた医師がその死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われる恐れがある場合の医師法第21条の届出義務と憲法第38条1項
【判決要旨】
1. 医師法第21条にいう死体の「検案」とは,医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい,当該死体が自己の診療していた患者のものであるか否かを問わない。
2. 死体を検案して異状を認めた医師は,自己がその死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも,医師法第21条の届出義務を負うとすることは,憲法第38条第1項に違反しない。
(主文)
本件上告を棄却する。
(理由)
1. 【要旨1部分】医師法第21条にいう死体の「検案」とは,医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい,当該死体が自己の診療していた患者のものであるか否かを問わないと解するのが相当であり,これと同旨の原判断は正当として是認できる。
2. 医師法第21条の適用につき憲法第38条第1項(自己負罪拒否特権)違反ではないかという点については,以下のとおりである。
弁護側主張:
弁護側は,死体を検案して異状を認めた医師は,その死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも,異状死体に関する医師法第21条の届出義務を負うとした原判決(東京高裁判決)の判断は憲法第38条第1項(自己負罪拒否特権)違反であると主張する。
最高裁判断:
本件届出義務は,警察官が犯罪捜査の端緒を得ることを容易にするほか,場合によっては,警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ることを可能にするという役割をも担った行政手続き上の義務と解される。そして,異状死体は,人の死亡を伴う重い犯罪にかかわる可能性があるものであるから,上記のいずれの役割においても本件届出義務の公益上の必要性は高いというべきである。他方,憲法第38条第1項の法意は,何人も自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものと解されるところ,本件届出義務は,医師が,死体を検案して死因等に異状があると認めたときは,そのことを警察署に届け出るものであって,これにより,届出人と死体とのかかわり等,犯罪行為を構成する事項の供述までも強制されるものではない。また,医師免許は,人の生命を直接左右する診療行為を行う資格を付与するとともに,それに伴う社会的責務を課するものである。このような本件届出義務の性質,内容・程度および医師という資格の特質と,本件届出義務に関する前記のような公益上の高度の必要性に照らすと,医師が同義務の履行により,捜査機関に対し自己の犯罪が発覚する端緒を与えることにもなり得るなどの点で,一定の不利益を負う可能性があっても,それは医師免許に付随する合理的根拠のある負担として許容されるものというべきである。
以上によれば,【要旨2部分】死体を検案して異状を認めた医師は,自己がその死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも,本件届出義務を負うとすることは,憲法第38条第1項に違反するものではないと解するのが相当である。
3. その他の理由については上告理由に当たらない。
としている。
最高裁判決の意味
最高裁は,東京高裁が言うように,「検案」とは死体の外表を検査することであるとし,「外表異状」に基づいて判断すべきであると述べている。また,敢えて憲法との関係にも言及し,「届出人と死体とのかかわり等,犯罪行為を構成する事項の供述までも強制されるものではないとして医師法第21条の憲法違反を否定した。異状死体の判断を「外表異状」とすることにより,合憲限定解釈手法により憲法との関係を整理したものである。この最高裁判決については,厳しい批判も存在している。これについては,後述したいが,とにかく医師法第21条の「異状死体」の判断は「外表異状」として司法としての決着をつけたものである。この判決は刑集(刑事裁判集)に登載されており,下級審を縛るものである。判例に反する判決は,それ自体が上訴理由となるし,また,判例変更には最高裁大法廷の開催が必要であるので,現時点においては,「異状死体」の届出義務は「外表異状」によるものというべきであろう。
現時点における医療現場の現実的な対応は,医師法第21条の異状死体の届出義務は「外表異状」であるとすることで十分である。基本的人権である憲法第38条第1項(自己負罪拒否特権)に抵触しないように,最高裁が医師法第21条を限定解釈した結果である。判例変更が極めて困難であることを考えると,これで当面の決着と考えるべきである。
しかし,前述した如く,この最高裁判決には,批判があることも事実である。佐伯仁志教授と高山佳奈子教授の批判を骨子のみ記載しておく。
佐伯仁志教授は,(ジュリスト増刊生命倫理と法,2004年12月P69)「医療過誤によって患者を死亡させて刑事責任を追及されるおそれのある医師に医師法第21条の届出義務を課し,その違反を処罰することは,憲法第38条第1項(自己負罪拒否特権)に反する疑いが強い。すなわち,医師法第21条の届出義務制度は,一般的には合憲だとしても,業務上の過失によって患者を死亡させた医師に適用される場合には,適用違憲となる疑いが強い」と述べ,「医療過誤を犯して刑事責任を追及されるおそれのある医師は,医師法第21条の届出義務を負わないものと解すべきである」と述べている。
高山佳奈子教授も(ジュリストNo183医事法判例百選,2006年9月P8)で,「人の生命や健康に資することこそが医師という資格の特質であって,刑事司法への協力は医師の資格と本来関係がない。医師法第21条の義務は,まさに捜査の端緒を得させるために設けられているのであるから,これが自己負罪拒否特権と正面衝突することは明らかである」と論破している。また,院長を共同正犯として処罰したことに関して,「共同正犯が成立するには,一般に,互いの行為を利用・補充し合う関係が必要であり,不作為の場合には,作為を妨げる方向にはたらくかなり積極的な関与が必要だと解される。そのように強力な関与ならば,強要罪その他の犯罪類型で補足すれば足りる」とし,院長を共同正犯とした判決に批判的見解を述べている。
事故調問題に関与した当初,「外表異状」が広く認知されていなかった時期,筆者も,外表異状を否定すれば,医師法第21条は憲法違反だと主張して来た。しかし,外表異状が浸透し,「死亡診断書記入マニュアル」も改訂された現在,医師法第21条の解決は,現実的に「外表異状」で十分である。警察届出件数も以前のレベルに回帰した今,医師法第21条単独改正など無意味である。ましてや,日医が主張する「検案して犯罪と関係ある異状があると認めたときは24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」との改正は届出範囲を拡大するのみで有害である。日医は,死体解剖保存法第11条(「・・・死体を解剖した者は,その死体について犯罪と関係のある異状があると認めたときは,24時間以内に,解剖をした地の警察署長に届け出なければならない」)の規定と同様に,「犯罪と関係のある異状」との一文を挿入することで解決すると誤解しているのではなかろうか。業務上過失致死罪は,犯罪類型である。解剖の場合は,解剖医本人が,業務上過失致死罪の当事者となることはありえない。解剖の対象は死体即ち,既に死亡している人であり,解剖医の過失により,さらに死亡に至るということはない。一方,臨床医においては,患者が死亡した場合に,過失がなかったか否かが問題となってくる。日医の主張する「犯罪と関係のある異状」となると業務上過失致死罪およびその疑いも含めると,限りなく,届出対象が拡大してしまう。同時に,憲法第38条第1項(自己負罪拒否特権)とも正面衝突することとなろう。日医改正案は,明らかに有害である。
おわりに
今回,東京都立広尾病院事件の最高裁判決をご紹介した。かつて,最高裁判決の【要旨2】部分のみを強調する意見が横行した。これに,法医学会「異状死ガイドライン」が重なり,死亡全例警察届出の風潮が定着し,医療崩壊の途をたどった。しかしながら,原審である東京高裁判決をしっかりと検討した上で,この最高裁判決を読むと,主たる部分は【要旨1】部分である。合憲限定解釈を行い,医師法第21条の届出は「外表異状」によることを明示したものである。【要旨2】部分は,医師法第21条そのものが憲法違反ではないかとの一般論としての問題につき,【要旨1】の判意に基づき判断すれば,「所轄警察署への届出は,死体を検案して異状があった場合に届出」のみの規定であり,「届出人と死体とのかかわり等を届出」る規定ではないので,憲法第38条第1項に違反するものではないとの憲法判断を行ったものである。医師法第21条は一般論として違憲とはいえないとの判断を示したに過ぎないであろう。
医師法第21条の違憲問題に関しては,当該事例は,医師法第21条の届出義務のある医師本人が当事者の事案ではない。過失の当事者は,看護師である。被告人は,過失の当事者でもなく,直接の届出義務の対象者である主治医でもなく,当該病院の管理者である。このため,憲法第38条第1項の自己負罪拒否特権への抵触については,一般論としての判決内容となったのではなかろうか。過失の当事者が,届出義務のある医師であったとすれば,自己負罪拒否特権と正面衝突する問題であるように思う。
最高裁判決につき,【要旨1】に注目せず,【要旨2】のみを過大に流布した人々が,この問題を複雑にしたと言えよう。
高山教授の論考から,院長を共同正犯で処罰したことの疑問点も紹介した。実際,東京都立広尾病院の当時の院長はお気の毒であったと思う。立派な院長であったようである。元院長の名誉のために,手記が,東大整形外科同門会雑誌Foramen45に記載されていることをご紹介しておく。
広尾病院判決は,この刑事3判決の他に,民事の判決2つが存在している。機会があれば,またご紹介することとして,医療事故調関連で重要な広尾病院裁判についての記述を終えたいと思う。「外表異状」の司法判断がお解りいただけたであろうか。次回は,まとめとして,医師法第21条と「外表異状」につき,医療事故調査制度の経過を踏まえて,整理しておきたい。

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