医療事故調査制度施行1年が経過した。この1年のセンターへの報告件数は388件であり,このうち院内調査結果報告数は161件である。一方,センターへの相談件数は2,098件であり,多数の医療機関がセンターに,医療事故報告についての相談をしていると思われる。しかし,果たしてセンターは適切にアドバイスをしてくれるのであろうか。センターへの相談を行っていいのであろうか。この疑問を裏づけるような発言がみられたので,その発言を引用しながらセンター業務について考察を行いたい。この発言は公的な場での発言であることを付記しておく。
医療事故調査等支援団体等中央協議会WG(ワーキンググループ)
9月6日,日医等10団体による支援団体中央協議会発起人会が開かれた。厚労省医政局総務課医療安全推進室と日本医療安全調査機構はオブザーバーとして参加した。この席で,規約作成のためのWG設置が決定され,10月5日第1回WGが開催された。同じく,医療安全推進室と日本医療安全調査機構がオブザーバーとして参加した。ちなみに,日本医療安全調査機構の出席者は,いずれも田中慶司専務理事であった。第1回WGで規約の大半は決定され若干の文言修正を経て第2回で最終決定の予定であった。規約における参加者についての原案は,「厚生労働省医政局総務課医療安全推進室の指名する者および医療事故調査・支援センターの指名する者は,中央協議会のオブザーバーとして参加することができる」というものである。これは,協議の結果,「・・・中央協議会のオブザーバーとして参加し,意見を述べることができる」と修正の上,決定された。10月21日第2回WGが開催された。前回と同様,医療安全推進室と日本医療安全調査機構がオブザーバーとして参加した。ちなみに,日本医療安全調査機構の出席者は,木村壯介常務理事に代わっていた。この場で,会議資料として提出された規約案が前回の合意内容とは異なり,「・・・中央協議会に参加する」というものであったため,「いつ,どこで,なぜ合意事項が違うものになったのか?」,オブザーバー参加の日本医療安全調査機構の「オブザーバー」という記載が何故削除されたのか紛糾した。
この説明としての日本医療安全調査機構の木村壯介常務理事の発言は驚愕すべきものであった。(1)オブザーバーでは,法的に資料提供ができないので正規メンバーだ。(2)省令と通知が逆転しているのは,頻繁にあることだ。小田原先生は法律違反の制度を作ったではないか,というものである。このような誤った理解でセンターの運営を行われては一大事である。この2点をもとに,医療事故調査制度そのものに立ち返って考察を行いたい。
センター業務について
平成27年3月20日「医療事故調査制度の施行に係る検討について」および,平成27年5月8日厚生労働省医政局長通知は,センター業務について,「センターが行う,院内事故調査結果の整理・分析とその結果の医療機関への報告」という項目で,解釈を明示している。図1のごとく,法第6条の16は,「医療事故調査・支援センターは,次に掲げる業務を行うものとする」と規定し,第1号で「院内調査結果報告により収集した情報の整理および分析を行うこと」と述べている。さらに,第2号では第1号を受け,「院内調査結果報告をした病院等の管理者に対し,前号の情報の整理および分析の結果の報告を行うこと」と明示されている。通知の絵にあるように,報告をした複数の医療機関の「報告により収集した情報」を整理・分析し,その分析結果を報告をした複数の病院等の管理者に対して,報告するということである。通知では,「報告された院内事故調査結果の整理・分析,医療機関への分析結果の報告について」として,@報告された事例の匿名化・一般化を行い,データベース化,類型化するなどして類似事例を集積し,共通点・類似点を調べ,傾向や優先順位を勘案する。A個別事例についての報告ではなく,集積した情報に対する分析に基づき,一般化・普遍化した報告をすること。B医療機関の体制・規模等に配慮した再発防止策の検討を行うこと,とその運用を明確に定めている。図1の絵に示したごとく,報告した複数病院のデータを集積,類別化し,(類似事例等から再発防止策を検討して),その結果を報告を行った複数の病院に対して,(一般化したデータの結果の)報告を行うというものである。個々の医療機関の報告書の内容について,適切であるとかないとか,一般的であるとかないとか,云々するものではなく,個人の責任追及につながらないような仕組みとして構築されたものである。
見直し前の仕組みは,一般化したデータは,報告を行った複数の病院についての報告のみが規定されていたが,今回の見直しで,「・・・支援団体や病院等に対し情報の提供および支援を行う・・・報告された事例の匿名化を行うなど,事例が特定されないようにすることに十分留意すること」とされた。
したがって,匿名化・一般化・類型化されたデータを支援団体等連絡協議会に出すことが想定されており,法律違反であるはずがない。「オブザーバーでは法的にデータが出せない。正規メンバーならデータを出していい」とするのは,センターの権限拡大が目的ということであろう。
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| 図1 センター業務 |
小田原が法律違反の制度を作った
過大な評価には感謝するが,この発言の根拠は,第2回・第3回「医療事故調査制度の施行に係る検討会」での議論の話であろう。その経緯は以下のごとくである。図2は第3回検討会に出された資料である。第2回検討会において,筆者が法に照らすと,絵は複数病院から集めて,類別化・分析し,複数病院に報告する形の絵であるべきであると提案した。検討会でその提案が認められて,第3回検討会で修正案が承認されたものである。提案者が筆者であることは否定しないが,法律に沿う形で議論を経て決定されたものである。
「法律違反の制度」という部分は極めて問題である。前述したとおり,医療法第6条の16は,「報告により収集した情報の整理・分析を行い,一般化・普遍化した報告(体制・規模等に配慮した再発防止策)を,報告を行った複数の医療機関に対して報告する」というものである。すなわち,複数の医療機関からのデータを分析した結果を,複数の医療機関に報告するものであり,「法律違反」どころか「法律と整合性のある制度」になっているのである。
現制度を「法律違反」と誤解している機関にセンター機能という重要な機能を担わせて良いものであろうか。むしろ,センターの在り方そのものに疑問を抱かざるを得ない。
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| 図2 第3回医療事故調査制度の施行に係る検討会資料(センター業務) |
センターの相談業務は適切なのか
報告例が少ないことに関して,誤報,恣意的報道,恣意的発言が目立つ。医療機関が報告すべき事例を報告していないかのような発言が飛び交っている。センターが,いかにも医療機関が報告すべきものを報告していないかのようなコメントを出し続けているのはいかがなものであろうか。塩崎恭久厚労大臣の適切な発言に耳を傾け,モデル事業と定義が異なることから報告例が少ないのは当然であることを,センターは明言すべきである。かつ,また,モデル事業の手法の単純な踏襲も妥当しないことを明確に認識すべきである。さもなければ,センター機能を受託している日本医療安全調査機構の「医療事故調査・支援センター」としての適格性が疑われることとなるであろう。
センター公表資料の6カ月間の集計で,「医療起因性」要件該当事例187例中,診察に起因するものが10例存在している。診察に起因するものが,187例中10例というのは異状な高値というべきであろう。そもそも診察に起因する死亡などあり得ないのである。管理者の判断の誤りか,被相談者の指導の誤りと言うべきである。
確かに,「医療に起因する(疑いを含む)」死亡または死産の考え方(「医療事故調査制度の施行に係る検討会」における取りまとめについて,平成27年3月20日別紙)(図3)の「医療」の項目に,「診察」が挙げられている。これは,診察に起因する死亡を想定してのものではない。医療法の中に,医療とは診察,検査等,治療との記載があるため,他の条文との整合性の関係上入れられたものである。そのため,上部タイトル部分に『「医療」(下記に示したもの)に起因し』と,「医療」のみに括弧書きが付いているのである。このことは,検討会の席上,大坪寛子医療安全推進室長(当時)が,明確に発言している。単なる診察に起因する死亡はあり得ないものであり,このことを考えると,現在の報告例の中にも,報告非該当例が含まれていると考えるべきであろう。多くの相談を受け付けているセンターが不適切な助言を行っている可能性がある。
実際,平成25年10月20日のm3の記事によると,センターの木村壯介常務理事が見逃し事例を報告対象と説明している。前述したごとく,単なる「診察」に起因する死亡はあり得ない。提供した医療と明示された「医療」の範囲は,手術・処置・投薬等の積極的医療行為が対象と考えるべきものである。見逃し事例は「医療起因性」要件に該当しない。センターの説明は誤りである。
公表資料の中には,療養,転倒・転落,誤嚥,患者の隔離・身体的拘束/身体抑制が合計18例報告されている。これらの項目も,医療起因性のあるものは,医療と一体となったもののみであり,医療と一体となったものがこのように高率に発生しているとは考え難い。通常,「自宅または在宅でも発生しうるものは医療起因性はない」というべきである。予算消化のための数集めの誤った指導がなされているのではないかと危惧されるところである。
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| 図3 医療起因性の考え方(医療事故調査制度の施行に係る検討について) |
おわりに
センターの医療事故調査制度に関する講演内容,マスコミを通しての数々の発言には,常々,疑問を抱いていた。塩崎恭久厚労大臣のわかりやすい発言にもかかわらず,これを無視して,「報告例が少ない,今後増加するであろう」との発言を繰り返すのみであり,いかにも現場に多大の混乱があるかのごとく発言してきた。また,不適切な事例の提示など,多くの疑問点がある。
今回の医療事故調査等支援団体等中央協議会WGの場での発言を見ると,センターこそが混乱の原因であることが明確になった。医療事故調査制度は,パラダイムシフトを繰り返し,進歩して,今回の適切な制度となった。
日本医療安全調査機構は,このパラダイムシフトを理解できず,取り残されているのである。木村壯介常務理事の発言は,まさに,それを物語っている。
今日,医療現場に混乱があるとすれば,それは,制度を理解していない日本医療安全調査機構そのものに原因があるというべきであろう。センターの不適切な発言に惑わされることなく,医療現場は,「医法協医療事故調運用ガイドライン」に沿って,死亡例全例チェック体制を構築し,手堅く制度運用を行えば,何の混乱もないであろう。
本論文は,日本医療法人協会ニュース(平成28年12月号)の内容を要約したものです。

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