=== 随筆・その他 ===


医師法第21条,事故調見直しQ&A
-自民党医療事故調査制度の見直し等に関する
WTへの回答の概要-
中央区・清滝支部
(小田原病院)  
小田原良治

 自民党に「医療事故調査制度の見直し等に関するワーキングチーム(WT)」が設置されている。改正医療法の附則第2条第2項に対応するために設置された。本年7月までに医療事故調査制度の見直しが行われると喧伝している人たちがいるが,それは虚偽である。改正医療法附則第2条第2項には,「政府は,医療事故調査の実施状況等を勘案し,医師法第21条の規定による届出及び医療事故調査・支援センターの在り方を見直すこと等について検討を加え,その結果に基づき,この法律の公布後2年以内に法制上の措置その他の必要な措置を講ずるものとする」と記載されている。これは,見直し規定ではなく,検討規定である。医療事故調査制度の実施状況を勘案し,制度施行に伴い何らかの不備があった場合に微調整するための「・・・法制上の措置その他の必要な措置」に過ぎない。そもそも制度施行から半年での見直しは時期尚早であり,行うべきものではない。厚労省も理解しており,大きな動きは見られなかった。ところが,本年2月24日,日医が突然「医師法第21条及び同第33条の2に対する改正案の提言」を発表したことから自民党の医療事故調査制度の見直し等に関するWTが動き出した。この日医提案は極めて危険な提案であることを認識すべきである。筆者は,翌25日上京,記者会見を行い,日本医療法人協会を代表して日医案に反対意見を表明した。四病協としてもWTに見解を発表したが,四病協として参加した第4回自民党WTヒアリングでの論点のポイントをQ&A形式にまとめてみた。

1.医師法第21条関係
 医師法第21条は,現在,判例(都立広尾病院判決)の正しい理解が浸透しつつある。すなわち,「経過の異状」を考慮した東京地裁判決(第1審)を東京高裁(第2審)が破棄するとともに,「外表異状」として自判した。最高裁は,この東京高裁判決を支持し,「検案とは死体の外表を検査すること」であり,「検案して異状を認めた場合は所轄警察署に届け出る」とした。「外表異状」に着目した合憲限定解釈(法令が憲法違反とならないように条文を限定的に解釈すること)である。その後,平成24年10月26日厚労省田原克志医事課長(当時)発言,平成26年6月10日の田村憲久厚労大臣(当時)発言や,国立病院リスクマネジメントマニュアル作成指針の失効,死亡診断書記入マニュアルの改訂(平成27年度版)などにより,医師法第21条の「外表異状」の理解は定着しつつあり,現場の混乱もようやく沈静化しつつある。このような状況で,医師法第21条単独改正を論ずることは,再び,現場に混乱をもたらすものである。

(Q1)医師法第21条の届け出について,例えば大綱案のように,医療事故調査制度に報告をしたものは,医師法第21条の届け出を免除することについて,どのように考えるか?
(A)このような医師法第21条単独改正案は有害である。医師法第21条は,刑法第211条第1項前段(業務上過失致死傷罪)の医療への適用問題と同時解決しなければならない。医師法第21条は単なる捜査の入口であり,医療関連死に業務上過失致死傷罪が単純に適用される限り,何の解決にもならない。医師法第21条改正と引き換えに行政罰の強化も考えられることから,これらを一括解決しなければ,かえって改悪になりかねない。もともと,医療安全の確保の制度と,犯罪発見の協力規定である医師法第21条とは全く別ものである。今回の医療事故調査制度は,「医療事故調問題」と「医師法第21条問題」,すなわち,「医療安全(医療の内)」と「紛争処理(医療の外)」を切り分けたことにより,WHO(世界保健機関)ドラフトガイドラインに準拠した妥当な制度となっている。旧大綱案は,「医療安全(医療の内)」と「紛争処理(医療の外)」が混在しており,切り分けができていない。医療安全の名目で聴取された資料が責任追及の材料となってしまう。この時期に消滅した大綱案を持ち出すことは,これまでの成果の否定であり,再び医療現場に不信と大混乱を来す。日医が主張するように医師法第21条問題を医師法改正という手段で解決しようとすれば,診療関連死すべてを医師法第21条から適用除外した上で,刑法の業務上過失致死傷罪,医師法の行政処分法規,民法の損害賠償規定の大改正を行う必要がある。この大問題を,今回の医療事故調検討論議の中で行うべきものではない。事故調と切り離して,刑法その他の関連法の見直しを含めた新しい幅広い論議の場と十分な時間の設定が必要である。

(Q2)自己の診療していた患者が死亡した場合に,医師法第21条の届け出を行うことについてどのように考えるか?
(A)
医師法第21条そのものは憲法第38条第1項が規定する自己負罪拒否特権(黙秘権)に違背する疑いがある。しかし,判例は合憲限定解釈され,「外表異状」を届け出基準としているので,判例通り,「外表異状」があれば,警察に届け出るべきである。逆に,「外表異状」がなければ届け出る必要はない。医師法第21条は,現在,判例(都立広尾病院判決)の正しい理解(「外表異状」)が現場に定着しつつある。前述したとおり,平成26年6月10日の田村憲久厚労大臣(当時)発言他の厚労省の適切な対応により,医師法第21条の「外表異状」の理解は定着しつつあり,現場の混乱もようやく沈静化しつつある。医師法第21条の「異状死体等の届出」が「外表異状」であることを正しく理解すれば,医師法第21条は実務上大きな問題とはならない。2015年の警察届け出件数は落ち着いてきており(図1),現在,現場の混乱は終息しつつある。今,必要なことは,「外表異状」を正しく理解することである。日医の行うべきことは,「外表異状」の現場への周知徹底を図っていくことであろう。


     図 1 医療事故・刑事 立件送致 1997-2015(満岡 渉氏提供)

(Q3)この観点から,医師法第21条の「異状」を日医提案のように「犯罪と関係のある異状」に改正することについて,どのように考えるか?
(A)
医師法第21条を「犯罪と関係のある異状」へと改正することは,改正ではなく「改悪」である。医師法第21条の改正は刑法第211条第1項前段(業務上過失致死傷罪)の医療への適用問題と同時解決を図らなければならない。「犯罪と関係のある異状」との提案は,死体解剖保存法第11条(注1)に倣ったものであろうが,拙劣というべきである。刑法上,業務上過失致死傷罪は犯罪類型である。解剖は対象が死体であるため,解剖者が業務上過失致死傷罪の当事者となることは考えられない。一方,医療は,元々リスクと不確実性を有する行為であり,常に患者死亡の可能性がある。このため,医療当事者が患者死亡と同時に業務上過失致死傷罪の当事者となる危険性がある。いや,むしろ,患者死亡とともに,これは業務上過失致死ではないのかということから話が始まることになる。このような改正を行えば,これにより警察届け出範囲は大幅に拡大し,再び医療現場の混乱を生じ,医療崩壊が進むのは目に見えている。「犯罪と関係のある異状」との医師法第21条単独改正を行うことは,かえって有害なのである。また,検案とは,判例にあるごとく,死体の外表面を検査することだけである。解剖のように深く調べた上での「犯罪と関係のある」云々の実質的な判断は行い難く,この日医提案は,合理性・整合性に欠ける。

(Q4)外因死(暴行等を受けて病院に運ばれ,病院で治療を受けた後に死亡するケース等)が医師法第21条の届け出の対象となるか否かについてどのように考えるか?
  また,この観点から,「検案して」を削除する改正についてどう考えるか。
(A)
外表に異状がある外因死は,医師法第21条により届け出る必要があるが,外表に異状のない外因死は医師法第21条による届け出の義務はない。外表に異状がない外因死までを,罰則のある医師法第21条による届け出義務とするのは憲法上も無理がある。ただ,犯罪が疑われる場合の警察への通報については,医師法の問題ではなく,一般国民の犯罪の通報義務の問題であり,議論の設定として不適切であろう。犯罪の疑いがあれば,医師法と関係なく一般国民として通報するか否かは医師法第21条届け出義務とは別の話である。また,「検案して」の文言は,削除すべきではない。医師法第21条は合憲限定解釈されており,「検案とは死体の外表を検査することであり,検案して,異状があるものを届出る」としているものであり,合憲限定解釈の基本事項である「検案して」を削除してはならない。

(Q5)リスクの高い診療科に判断基準を作らせ,司法当局と調整した上で届け出の範囲を確定していくことについてどう考えるか?
(A)
これは,まさにWHOドラフトガイドラインが禁ずる「医療安全の制度」と「責任追及の制度」の混在になりかねない。WHOドラフトガイドラインはこれら二つの制度は両立しえないと述べ,二つの仕組みを一つの同じ制度で行ってはならないと述べている。そもそも,医師法第21条は,旧内務省当時から存在していた規定であり,従来,何の問題もなかった規定である。近年の混乱の原因は法律の運用の問題である。運用の問題は運用で解決すべきものであり,判例通り,「外表異状」を周知徹底することが,今,行うべきことである。前掲のごとく,医師法第21条は,今,やっと落ち着いた運用がなされようとしているところであり,このような拙速な改正を行うことは,再び現場の混乱を招く結果となろう。これらの意見は,医療の内(医療安全)と医療の外(紛争処理)を混同するリスキーな考えであり,WHOドラフトガイドラインが否定しているものである。

(Q6)医師法第21条の届け出に当たって,外表以外の要素を考慮する必要性についてどのように考えるか?
(A)
届け出に当たっては,外表以外の要素を考慮すべきではない。医師法第21条は刑罰法規であり,明白かつ謙抑的でなければならない。①外表に異状はあるが,外表以外の要素を考慮して,総合的に「異状なし」とするのも,②外表に異状はないが,外表以外の要素を考慮して,総合的に「異状あり」とするのも,明白性・客観性を欠く。合憲限定解釈された判例どおり,外表異状のみに着目して判断すべきである。
  外表以外の要素を考慮する意見を述べる一部の人々により,昭和44年東京地裁八王子支部判決が取り上げられているが,この「八王子支部判決」は考慮に値しないと考える。その根拠は,次の2点である。①八王子支部判決の「諸般の事情を考慮」との論旨は,広尾病院事件東京地裁判決に受け継がれた。しかし,控訴審の東京高裁で破棄されている。東京高裁は第1審判決を破棄し,自判した。この東京高裁判決が上告審である最高裁で支持され確定している。従って,八王子支部の判決は広尾病院事件高裁判決で否定されたものである。②八王子支部判決の判決理由には,その前提において重大な誤りがある。すなわち,その判決理由に,「右患者が少なくとも24時間をこえて医師の管理を離脱して死亡した場合には,もはや診療中の患者とはいい難く,したがってかかる場合には当該医師において安易に死亡診断書を作成することが禁じられている(医師法第20条参照)」としているが,それは明らかな誤りである。「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」に明示されているとおり,「24時間を経過した場合であっても,死亡後改めて診察を行い,生前に診療していた傷病に関連する死亡であると判定できる場合には死亡診断書の交付」が可能である。これは,昭和24年通知で既に示されており,その後,再度,平成24年に確認の通知が出されている(注2)。医師法第21条は合憲限定解釈されている通り,「外表面の異状」のみを基準に判断すべきである。

(Q7)医師法第21条の届け出義務違反に対する罰則の要否をどのように考えるか?
(A)
本来,医師法第21条に罰則は必要ないであろう。医師法第21条は,犯罪捜査への協力規定であり,内務省が警察庁と旧厚生省に分かれた時点で本来削除されるべきであった。内務省当時は大日本帝国憲法,現在は日本国憲法が根本に存在している。このように,内務省当時と現在とでは,根底をなす憲法がそもそも異なっており,人権を尊重する日本国憲法下では医師法第21条の規定そのものが憲法違反の疑いがある。犯罪の端緒としての変死体の取り扱いについては,本来,別の枠組みを考えるべきものであり,医療関連死を取り込んではならない。犯罪疑いの通報に広く協力を求めるためにも,罰則は削除すべきものである。しかしながら,現在,犯罪見逃し防止や死因究明推進体制の枠組みは,いまだ,整っておらず,現時点においては,当面,現状通りの医師法第21条の運用で警察行政に協力していくべきであろう。

2.医療事故調査制度関係
 今回の医療事故調査制度は,医師法第21条問題と切り分けることにより,「医療安全」の仕組みとして構築されたものである。すなわち,従来の議論からパラダイムシフトすることにより,現実的でWHOドラフトガイドライン準拠の世界標準の制度となっている。一部,「紛争処理」と混同している人々も存在するが,今後,純粋に「医療安全」の仕組みとして方向付けを行っていく必要がある。医師法第21条関連等の「紛争処理」は,医療事故調査制度とは全く別ものであり,混同してはならない。

(Q8)医療事故調査制度の見直しについてどう考えるか?
(A)
見直しは時期尚早である。今回の医療事故調査制度は,医師法第21条問題と切り分けることにより,「医療安全」の仕組みとして構築された妥当な制度であり,確実に医療安全につながっている。法施行後,未だ短期間であり,一部に,「紛争処理」と混同されている点もあるが,今後,純粋に「医療安全」の仕組みとして方向付けを行っていく必要がある。現在は,これらの活動を地道に積み重ねていくべき時期である。医師法第21条関連等の「紛争処理」と混同してはならない。一部で見直し規定と言われている附則第2条第2項は,「・・・・法制上の措置その他の必要な措置を講ずる」とする「検討規定」であり,医療安全が着々と前進しつつあるこの時期に大幅な見直しを行うべきものではない。

おわりに
 医師法第21条(異状死体等の届出義務)は内務省時代からの条文である。内務省が警察庁と旧厚生省に分離したときに,日本国憲法に合わせて削除すべき条文であったが,犯罪捜査の協力規定として引き継がれてきたものである。実際,この条文は適切に運用され,何ら問題となることもなかった。県立大野病院事件の医師逮捕により思考停止になった医療界が問題解決のために「医療事故調」という全く別ものに飛びつき,医師法第21条単独改正に突き進んだところに問題があった。この,医師法第21条問題は,運用の問題である。運用の問題は運用上の解決を図るべきである。医師法第21条単独改正という危ない選択をすべきではない。もちろん筆者も,医師法第21条が全く問題ないと考えているわけではない。民主憲法たる日本国憲法下,憲法違反の疑い濃厚な条文である。しかし,合憲限定解釈された外表異状という基準によれば,実務上問題はないと考えられる。実際,警察への届け出件数は減少しているのである(図1)。また,この医師法第21条改正は,同時に,刑法第211条第1項前段(業務上過失致死傷罪)の医療への適用問題,民法改正,行政処分等同時解決すべき問題が山積する一方,医療安全の制度である医療事故調とは切り分けなければならない。医療事故調が適切に構築されたこの時期に,医師法第21条問題と医療事故調問題を混沌とさせる愚を犯してはならない。ボタンの掛け違えの修正は不可能に近い。医療界は,消費税問題のボタンの掛け違えがいまだに解決できないことを教訓とすべきである。医師法第21条問題は「外表異状」で実務上問題はないのである。

*Q&AのQ部分は,「自民党医療事故調査制度の見直し等に関するWT」事務局から意見を求められた「論点」を一部修正したものです。
図1は満岡 渉氏提供の資料です。
注1:死体解剖保存法第11条
  死体を解剖した者は,その死体について犯罪と関係のある異状があると認めたときは,24時間以内に,解剖をした地の警察署長に届け出なければならない。
 (*罰則はない)。
注2:昭和24年4月14日医発第385号通知,平成24年8月31日医政医0831第1号通知,平成27年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル




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