=== 随筆・その他 ===

医療事故判断基準の「予期しなかった死亡」要件を考察する

中央区・清滝支部
(小田原病院) 小田原良治
 平成27年10月から施行された「医療事故調査制度」の運用に際して,改正医療法に定める「医療事故の定義」が極めて重要であることは,これまでいろんな機会に再三述べてきた。本誌の前号では,「医療事故」か否かの判断にとって重要な基準であり,誤った解釈が横行している「医療起因性」要件につき,そのポイントを解説したが,もう一つの基準である「予期しなかった死亡」要件についても質問をいただくことがある。本稿では,「予期しなかった死亡」要件,特に,改正医療法施行規則第1条の10の2の第3号要件について解説を行いたい。

報告対象となる「医療事故」か否かは組織の責任者としての判断が前提に
 今回の医療事故調査制度では,従来一般用語としてあやふやに使われてきた「医療事故」という言葉が,改正医療法により明確に定義されたことは周知のことであろう。すなわち,改正医療法第6条の10の1項で,「医療事故」とは,「提供した医療に起因した死亡」要件と,「予期しなかった死亡」要件を同時に満たすものと定義されたのである(図表)。改正医療法第6条の10では,「管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」と記載されているが,すべての事例について管理者のみで予期できるわけでもないため,「医療事故」か否かの判断に際しては現場医療者の意見が重視されるのは当然のことである。
 厚生労働省医政局長通知(医政発0508第1号平成27年5月8日)でも,「管理者が判断するに当たっては,当該医療事故に関わった医療従事者等から十分事情を聴取した上で,組織として判断する」と,組織の責任者としての判断であることが明記されている。

「予期しなかった死亡」規定における1号要件の事前説明と2号要件の記録
 「医療事故調査制度の施行に係る検討会」(以下検討会)の議論の結果,前述したとおり,管理者の判断は,医療従事者の意見を聴取した上での組織としての判断であることが明記されたが,同時に,「予期しなかった死亡」とはどのようなものかを省令で規定することとなった。これが,改正医療法施行規則第1条の10の2の規定である。
 「予期しなかった死亡又は死産」とは,次の各号のいずれにも該当しないと管理者が認めたものとされている。
図表「医療事故」の定義

1.病院等の管理者が,当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該医療の提供を受ける者又はその家族に対して当該死亡又は死産が予期されることを説明していたと認めたもの(事前説明)
2.病院等の管理者が,当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該死亡又は死産が予期されることを当該医療の提供を受ける者に係る診療録その他の文書等に記録していたと認めたもの(記録)
3.病院等の管理者が,当該医療を提供した医療従事者等からの事情の聴取及び第1条の11第1項第2号の委員会(注:院内医療安全管理委員会)からの意見の聴取(当該委員会を開催している場合に限る)を行った上で,当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該死亡又は死産を予期していたと認めたもの(意見聴取)
 この医療法施行規則の規定は,ほぼ,検討会の合意そのままであり,前記の医政局長通知(医政発0508第1号)でも,「一般的な死亡の可能性についての説明や記録ではなく,当該患者個人の臨床経過等を踏まえて当該死亡又は死産が起こりうることについての説明及び記録であることに留意すること」とされた。すなわち,一般的な確率の説明ではなく,その患者の臨床経過等を踏まえて,死亡する可能性について説明または記録することを求めている。
 本制度が「医療安全」の制度として構築されたことは,再三述べてきたことである。このことを考えれば,1号要件の事前説明や2号要件の記録を重視すべきことは言うまでもない。事前説明や記録を徹底することは,医療安全のレベルの向上につながるからである。
しかしながら,事前説明と記録のみで全てが解決するものでもない。3号要件の意見聴取を正しく理解しておくことも同時に重要なことであろう。

「予期しなかった死亡」規定における3号要件の意見聴取の正しい解釈
 改正医療法施行規則第1条の10の2の3号要件は,「予期しなかった死亡」の1号・2号要件に該当しない場合の判断基準を示したものである。それは,まさに,管理者の独断に陥ることがないよう,現場医療者の意見を尊重することを明記したものであり,過去にみられた冤罪の教訓を考慮した規定である。当該医療従事者等の意見聴取と,病院には常設されている医療安全管理委員会の意見聴取を行った上での管理者判断を求めたものであるが,ここで「直接の予期の主体は誰なのか」について考察しておくべきであろう。
 まず,改正医療法第6条の10の1項で,「当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」と明記されているので,@管理者が,A死亡することを,B予期しなかったものが対象となる。この記載から,最終的に判断するのは管理者であることは明白だが,管理者自身が直接診療に当たらない場合も多く,また,管理者に各診療科の専門知識が常にあるわけでもない。これを踏まえて,前述したように医政局長通知では,「当該医療事故に関わった医療従事者等から十分事情を聴取した上で,組織として判断する」と明記されたのであり,当事者の予期を重視したのである。
 しかしながら,初級医と上級医では必然的に,予期の程度が異なる。初級医が予期しなかったことでも上級医であれば予期していたということは当然ありうることである。したがって,直接の予期の主体を管理者とする考えが正しくないと同様に当該医療従事者とする考えも正しいとは言えまい。事実,「予期の主体」については,条文の規定をみても,改正医療法では,「当該管理者」,改正医療法施行規則第1条の10の2の3号では,「当該医療従事者等」と記載している。当該医療従事者「等」との記載からも,当該医療従事者のみではない複数の関係者を想定している。
 以上のことから,直接的予期の主体は,当該医療従事者を含む医療チーム(院長も含む)であり,チームの誰かが予期していれば足りるものと考えるべきであろう。この趣旨は,院内医療安全管理委員会の意見を聴取するという規定にも反映されているといえるであろう。すなわち,「予期しなかった死亡」とは,管理者と当該医療者およびその医療チームのいずれもが予期しなかった死亡であり,その医療機関の皆が意外に思う死亡のことである。
 蛇足であるが,3号要件は救急医療等に限定した規定ではない。厚労省の例示が限定列記ではないことは,検討会において,筆者が大坪寛子医政局総務課医療安全推進室長(当時)に確認済みである。この規定は,すべての医療機関に適用されるものである。ただ,医療安全管理委員会の意見聴取は,本委員会設置が義務付けられている病院についての規定であり,医療安全管理委員会を持たない診療所等については,その意見聴取が必要ではないことを追記しておく。
 医療事故調査制度における,「医療事故の定義」は,本制度の根幹に関わる重要な部分である。前回の「提供した医療に起因する死亡」要件の重要ポイントに続き,今回は,「予期しなかった死亡」要件のなかでも,特に重要で疑義のある3号要件について解説を行った。
 今後,関係各位には,日本医療法人協会医療事故調運用ガイドライン作成委員会編集「医療事故調運用ガイドライン」(へるす出版)および『「医療事故調査制度」早わかりハンドブック』(日本医療企画)を参考に,適切な対応をお願いしたい。

(本論文は,日本医療法人協会ニュース掲載文を一部改変したものです)



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