=== 随筆・その他 ===
医療事故調査制度は運用に細心の注意を
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中央区・清滝支部
(小田原病院) 小田原良治 |
今年3月20日,「医療事故調査制度の施行に係る検討について」が発表された。私は,昨年10月から,この「医療事故調査制度の施行に係る検討会」(検討会)の構成員を務めてきた。今年2月25日,「第6回(最終回)検討会」が混乱の後,取りまとめに至らなかったことが報道されたが,この報道は極めて不正確というより「患者対医療者の対立」という恣意的構図により報道されたものであり,メディアの質の低下に愕然とするものであった。その後,事務局を務めた厚労省担当者等の懸命の努力と構成員の調整を経て,3月20日に厚労省で合意文書の発表が行われたが,私も3月17日,重要な点の解釈につき確認を行った上で,合意文書にサインをした。今回,困難な取りまとめ作業を担当された厚労省の方々には頭の下がる思いである。これにより,今回の制度が純粋に「医療安全」の制度として構築されたことをまず大前提として報告するとともに,重要な点に絞って解説したい。
1.制度の目的は医療安全
今回の医療事故調査制度は,改正医療法の第三章「医療の安全の確保」の中に位置しているとおり,「医療安全」の仕組みとしてつくられたものである。これは,平成26年10月に出された,厚労省「医療事故調査制度に関するQ&A」においても,「制度の目的は医療の安全を確保するために,医療事故の再発防止を行うこと」と明確に記述してある。Q&Aは参考として,「WHOドラフトガイドライン」を引用し,今回の医療事故調査制度は,WHOドラフトガイドライン上の「学習を目的としたシステム」に当たると述べ,「非懲罰性」,「秘匿性」,「独立性」といった考え方に整合的なものになっていると法律の趣旨を明示している。3月20日のとりまとめを受けて,5月8日発出された「医療法施行規則の一部を改正する省令」も,検討会のとりまとめに沿った内容のものであり,同日,発出された通知は,3月20日とりまとめとほぼ同一内容となっている。
このように,医療事故調査制度は,「医療安全」の仕組みであり,WHOドラフトガイドラインにいう「学習を目的とした制度」であること,また,「日本医療法人協会医療事故調ガイドライン」(現場からの医療事故調ガイドライン検討委員会最終報告)(医法協ガイドライン)がたたき台になっていることを考えると,今回の制度施行に向けての対応も医法協ガイドラインに基づくべきことは自明のことと思われる。しかしながら,今回の制度の趣旨をよく理解せず,未だに誤った考えが流布されているのは残念なことである。あらためて,検討会とりまとめ,省令,通知の重要な部分について解説を行う。
2.医療事故の定義について
改正医療法は,第6条の10において,「医療事故」を「医療に起因し,又は起因すると疑われる死亡又は死産であって,かつ,管理者が予期しなかったもの」と定義した。「医療事故調査制度の施行に係る検討について」で図示しているごとく(図1),@管理者が予期しなかったもの(省令事項)と,A医療に起因し,又は起因すると疑われるもの(通知事項)の重なった部分のみが該当する。また,重要なことは,「医療事故」の判定は,@とAの二つの要件の重なりによってのみ「管理者」が判断するものであり,「過誤の有無」は全く関係ないということである。「過誤」の有無を念頭においては判断を誤る。今回,医療法上に規定された「医療事故」というのは「過誤」とは切り離されたものであることの理解が必要である。
従来,一般用語としてあやふやに使われて来た「医療事故」という言葉を,今回,医療法において明確に定義したのである。「医療事故」を法律において定義したことの意味は極めて大きい。「医療事故」とは,「管理者が予期しなかった死亡」であり,かつ,「医療に起因する」と「管理者が判断したもの」である。この際,「管理者の判断」は,当該医療従事者から十分聴取を行った上で,「組織として判断したもの」でなければならない。
「予期しなかった死亡」としては,省令上,3項目が提示され,そのいずれにも該当しないと管理者が認めたものと規定されている。「管理者が認めたもの」であることに注意が必要である。判断の3項目を簡単に記すと,(1)臨床経過等を踏まえて死亡が予期されることを事前に説明していない,(2)臨床経過等を踏まえて死亡が予期されることをカルテ等に記載していない,(3)現場医療従事者聞きとり,および医療安全委員会の意見を踏まえて,医療従事者等が予期しなかった死亡と管理者が判断した―ものである。実務上,管理者が判断するにあたっては,まず,@カルテ等への記載があるか,A事前説明がなされていたか,Bヒアリングの結果,予期していたと認められるか否かの順番で検討し,次に,その死亡が「積極的医療行為」に起因したものかどうかを判断するのが合理的であろう。

図1 医療事故調査制度の施行に係る検討会資料
3.報告書・遺族への説明
「非懲罰性」「秘匿性」の重要性が明示されている。厚労省Q&A,3月20日合意においても関係者の匿名化,個人の責任追及を行わないことが強調されたが,省令においても,「当該医療事故に係る医療従事者等の識別(他の情報との照合による識別を含む)ができないように加工した報告書」との記載で関係者の匿名化を明確にしている。遺族等への説明にあたっても,口頭,書面を問わず,「秘匿性」の保たれない説明を行ってはならないのである。
通知は法律・省令と整合なものでなければならない。このように考えると,「非懲罰性」「秘匿性」は最も守られなければならない原則であり,遺族への説明方法も,口頭であれ書面であれ,遺族が希望する方法が何であろうと「非懲罰性」「秘匿性」は守られなければならない。従って,通常,報告書そのものを渡すということはありえない。調査報告書そのものを渡すということは,極特殊な「非懲罰性」「秘匿性」の完全に保たれた報告書以外ありえないということである。まずは,管理者としては,報告すべき事例の判断を誤らぬよう注意することと,「非懲罰性」「秘匿性」の保たれた報告書作成に留意すべきであろう。
通知の該当部分は,第6回(最終回)検討会で問題となった部分である。調整の結果合意文書は以下のように確定した。[遺族への説明方法について]○遺族への説明については,口頭(説明内容をカルテに記載)又は書面(報告書又は説明用の資料)若しくはその双方の適切な方法により行う。○調査の目的・結果について,遺族が希望する方法で説明するよう努めなければならない。ここに書いてあるように,説明方法は「努力規定」である。いずれの方法が適切かの「判断は管理者」が行うべきものである。それについては上位の省令で匿名化を求めており,匿名化は他の情報との照合による識別もできないものと規定されている。前述したごとく,このような匿名化は極めて困難なものであることを認識すべきである。すなわち,遺族の求めに応じて報告書そのものを渡すということは,あり得ないのである。
4.センター調査
センターの主な業務は,院内事故調査結果の整理・分析,医療機関への分析結果の報告である。この報告は個別事例の報告ではなく,集積した情報を一般化・普遍化した報告である。図2のごとく,個別事例を類型化・分析して全医療機関に報告するものである。
センターのもう一つの業務にセンター調査があるが,対象となる事案は,医療機関の管理者が医療事故としてセンターに報告したもののみが対象であり,管理者からの報告のないものに対して遺族の要請で調査を行うものではない。「スイッチを押す」のはあくまでも管理者である。また,センター調査は当該病院等の状況等を考慮して行うものと明記された。報告書についても「個人の責任追及」となってはならず,再発防止策は医療機関の状況および管理者の意見を踏まえて記載するものである。記載すべきでないものについては,管理者がはっきりと意見を述べることが必要である。もちろん,センター調査の内部資料は法的義務のない開示請求に応じないこととされている。また,調査関係者には守秘義務が課せられている。これに反した場合,調査者個人に対する提訴も含め,法的対応も辞さない決意でセンター調査に臨むべきであろう。なお,蛇足ではあるが,今回のセンターは民間組織であり,報告しなかったことに対する罰則はない。

図2 厚生労働省通知,医政発0508第1号 平成27年5月8日
5.医療事故調論議のパラダイムシフト
我が国の医療事故調の議論は,WHOドラフトガイドラインが,両立し得ないとしている「学習のためのシステム」と「説明責任のためのシステム」が,ごちゃ混ぜのまま進んできた。しかしながら,今回の制度は,両者を明確に切り分けたことに大きな前進がある。われわれが主張してきた「医療の内(医療安全)」と「医療の外(紛争)」の切り分けである。今回,「医療事故」という言葉が明確に医療法上定義された意味は大きい。厚労省は世界標準に向けて大きく踏み出したというべきであろう。今回,厚労省は,「医療の外」に位置しながらも太いトゲであった「医師法21条の異状死体等」の解釈も「外表異状」として明確に整理した。それに伴って平成27年度版死亡診断書記入マニュアルも適正に改訂された。「医師法21条」問題は解決したのである。これに伴い,医療事故調査制度は,「医療の内」の制度,すなわち「医療安全」の制度として構築されたのである。大きなパラダイムシフトが起きたというべきであろう。今回の制度が適正に運用されるならば,群馬大学で出されたような報告書が作られるはずがないのである。群馬大学他の問題の報告書が作られた医療機関の外部委員に旧モデル事業関係者が関与していることは大きな問題である。これは,同時に旧モデル事業が「責任追及の制度」であったことを露呈したものであろう。現状を鑑みると,旧モデル事業を担った日本医療安全調査機構が今般の制度の医療事故調査・支援センターとなることには大きな不安を感じざるを得ない。センター業務の適切性と関係者の利益相反については厳しく監視すべきであろう。本年10月からは,医療事故調査制度が施行される。法律・ガイドラインに示されたごとく,管理者に託された役割は大きい。管理者の適性が問題となる時代が来るかもしれない。今後,管理者像のパラダイムシフトが起きてもおかしくはない。まさに「管理者受難の時代」の到来かもしれない。医療界のリーダー像の転換期となるのかもしれない。

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