随筆・その他

リレー随筆

食 べ る と い う 幸 せ

県民健康プラザ鹿屋医療センター 産科・婦人科
永田 智美
 香川県は高松に来て,締め切りの迫ったこの原稿を書いています。イアンドナルド超音波講座に参加しています。胎児エコーを中心とした超音波の勉強です。3Dや4Dエコーが進化し,子宮の中をのぞくと,胎児がこんなにも活発に動いていて,微笑んだり,しかめっ面をしたり,表情豊かであることに驚き,見ていると,幸せな気分になってきます。香川県と言えば,讃岐うどん!卵とだし醤油のシンプルな味つけに,もちもちした麺がとてもおいしかったです!
 旅での食事と言えば,今年の夏休みはパリへ行きました。屋外でいただいた夕食が一番おいしかった。夕方の涼しい風と葉っぱの間から空が見える大きな木の下のテーブルと街の音と。食べたものだけではなく,雰囲気が記憶に残っているのだと思います。
 さて,2014年10月に県民健康プラザ鹿屋医療センターに赴任,2カ月が経ちます。鹿屋の野菜,卵はおいしく,特にお肉はとてもおいしいです。鹿児島県が畜産のさかんな土地であったことを改めて感じています。地のものをその地で食すことができるのはなんと幸せなことだろうと思います。その地の水や空気がその地に合った食物を作るのでしょう。病院を出ると,あらら,ときどき風に乗って,堆肥か飼料か何とも言えない香りがしますが,これもおいしい食べ物のためです。
 私の外来での主な仕事は妊婦健診です。ここでは,おいしい食べ物のおかげかわかりませんが,肥満合併の妊婦さんが多いように思われます。妊娠糖尿病,妊娠高血圧症候群などなど,生活習慣病とも言える妊娠中の疾患の治療の基本は食事治療です。まずは妊婦さんに食事チェック表をお渡しします。毎日3食の食べたものと間食,毎日の体重を記録する簡単なものです。いわゆるレコーディングダイエットです。皆さん昨日のお昼は何を召し上がりましたか?食事の内容は意外と忘れやすいものです。しかし,書き留めておくことで,今日は食べ過ぎたから,明日は控えよう,間食が多かったかな,など反省して改善することができます。体重も毎日計ることで意識することができます。このチェック表を楽しんでくださる妊婦さんもいらっしゃって,うれしくなります。
 また,子宮内胎児発育不全で経過し出生したお子さんは,将来的に肥満や生活習慣病を高率に発症するということが知られています。小さく生まれた子は栄養不足を取り戻そうと,栄養をたくさん取り込みます。胎児期の栄養や発育が出生後の発育に影響し,さらには将来にわたって健康を左右します。食育という言葉もありますが,小さい頃から食事に気を付け,食事の大切さを子どもたちに教えてあげることも大切なことだと思います。
 婦人科には末期のがん患者さんもいらっしゃいます。食事がとれなくなり,高カロリー輸液が始まると,患者さんの活力がまた一段と落ちてしまう気がします。食事がとれるということは生きる基本であり,幸せなことなのだと改めて思います。アイスクリームは口の中で溶けるので食べやすく,高カロリーで,このような方たちにはよい食べ物だと栄養士さんに教えてもらいました。最後まで少しでもおいしく食べていただけるように考えていきたいと思うのです。
 私の好きな本のなかに,高田 郁さんの「みおつくし料理帖」シリーズ(ハルキ文庫 全10巻)があります。江戸時代,主人公は澪という女性の料理人,大坂から江戸へ移り住み,大坂と江戸の味の違い,ライバル店との確執などさまざまな困難を乗り越えていくお話です。彼女には夢があり,「雲外蒼天」(雲を抜けたその先には青空が広がっている)という易者の言葉を胸に夢に向かっていきます。その凛とした生き方も清々しいです。旬の食材を使った,女性の料理人ならではの優しい料理もおいしそうで,目に見えるような,香りがただよってきそうな気がします。そういえば,最近はいつの季節でも手に入る食材があり,外国から輸入されたものもあり,旬の食材って分かりにくいと思います。
 この物語のなかで登場する町医者の言葉に「食は人の天なり」という言葉があります。口からとるものだけが人の体をつくり,健やかに保つ。この言葉は彼女の中でも知らず知らずのうちに信念となっていきます。食べる人を健やかにしたい,さらには幸せにしたいという気持ちを込めて料理を作り続け,それを食べるお客さんも感じ取るのです。
 また,「暮らしの手帖」編集長の松浦弥太郎さんは,「作った人の顔が見える,心のこもったものを食べましょう」と提案されています。「食べるということに対してきちんと感謝したい」と。(「今日もていねいに」松浦弥太郎著 PHP文庫より)。仕事が忙しかった日,家に帰って何もする気がしない日,コンビニ食やテイクアウト,惣菜でついつい済ませがちです。そんな日もあります。でも少しでも自分のために心をこめて食事を作りたいと思います。
 食べるということについて思いついたままに,また,読んだ本の中から心に残っていることを書いてみました。さて,今日の夜は何を食べようかな。


次号は,堂園メディカルハウスの向原桂香先生のご執筆です。(編集委員会)




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