随筆・その他

リレー随筆

人類ヒト科最強についての一考察

鹿児島大学医学部・歯学部附属病院
小城 卓郎
 今回,随筆のお話をいただき,今まで執筆された先生方の随筆を読んでみました。趣味について書いてあるものが多く,多趣味な私に適任だと思いました。格闘技・バスケットボール・アメリカンポップカルチャー・ブラックミュージック・車・ゲーム・映画・熱帯魚・カラオケ・70〜80年台アニメ等,いろいろあります。春日井先生もその点を期待して私を紹介してくださったと思い,本来ならば一つ一つを掘り下げて語りたいところですが,字数制限があるため今回は格闘技に絞って執筆してみようと思います。
 私が格闘技マニアであることを知っている方達からよく聞かれることがあります。「誰が一番強いの?」「どの格闘技が一番強いの?」と。私も幼い頃からそれについて自問自答していました。そして質問してきた方には「ルール・時代によって違う」との返答でお茶を濁していました。せっかくなので,この機会に自分なりの世界最強について結論をつけようと思います。
 私の父は空手をしており,体力もあり非常に力も強かったので幼い頃は父親が世界最強で,「ゴジラの次に父親が強い」と思っていました。そして小学生の頃ジャッキー・チェンやブルース・リーをテレビで見て「まだまだ世界には強い漢(おとこ)がいるんだな」と思い,世界の壁を認識するようになりました。そして1986年マイク・タイソンの試合を初めて見て衝撃を受けました。相手はトレバー・バービックといって当時のWBC(世界ボクシング評議会)世界ヘビー級チャンピオン。2ラウンドTKO(テクニカル・ノックアウト)勝ちで圧倒的な勝利でした。その後数試合(ラリー・ホームズ戦4ラウンドTKO,トニー・タッブス戦2ラウンドKO(ノックアウト),マイケル・スピンクス戦1ラウンドKO,フランク・ブルーノ戦5ラウンドKO)タイソンの試合を見て「この漢こそ世界最強であろう」と確信し私の中でマイク・タイソンは神となりました。しかし,忘れもしない1990年2月11日,ジェームス“バスター”ダグラス戦。当時無敗であったタイソンが東京ドームで行われたWBA(世界ボクシング協会)・WBC・IBF(国際ボクシング連盟)世界ヘビー級統一王座の防衛戦で,まさかの10回KO負けを喫しました。このタイソンの負けは,「何事にも絶対というものは存在しないのだ」と思い知らされ,私の人生観にも多大な影響を与えました。
 タイソンが破れてからしばらく格闘技から離れていましたが,1997年にPRIDEという総合格闘技イベントが始まり,私の格闘技熱が再燃しました。PRIDEとは第1回目はプロレスラー高田延彦とヒクソン・グレイシーを戦わせるために発足したイベントでしたが,関節技・寝技・打撃OKとなんでもありの戦いで,相撲・柔道・空手・サンボ・腕相撲・レスリング等様々な格闘技の選手が出場しており,まさに夢の大会でした。それから私は再度格闘技にのめりこみ,世界の格闘技について調べるようになり,本を読みあさり,ありとあらゆる格闘技のビデオを見るようになりました。軽く紹介しますと,アメリカではフリースタイルレスリング,MMA(ミックスド・マーシャル・アーツ:PRIDEやアメリカのUFC等に代表される総合格闘技のこと),ジークンドー(ブルース・リーによって考案された独自の総合格闘技),ロシアではサンボ(ロシアに伝わる伝統的武術が柔道等の格闘技と統合されて編み出された格闘術。プーチン大統領もサンボの大学チャンピオンであった),コマンドサンボ(サンボをベースにした軍隊格闘術で,サンボに打撃技術を加えナイフや拳銃を持つ相手を想定した格闘術),システマ(ソ連軍特殊部隊スぺツナズで開発された軍隊格闘術),ブラジルではグレイシー柔術(日本からブラジルに移民した柔道家・前田光世が現地でカーロス・グレイシーに伝えた柔道が,カーロスとその弟のエリオによって,より実戦的に改良された格闘術),ルタ・リブレ(レスリングに関節技,絞め技を加えて実戦を想定して編み出された格闘技),カポエイラ(音楽に合わせて繰り出される足技が主な格闘技),中国では散打(中国武術が競技化されたもの),詠春拳(ブルース・リーが若い頃に学び,ジークンドーの基礎になったもの),イギリスで生まれたボクシング,フランスで生まれたサバット(蹴り技を中心としたキックボクシングに似た,立ち技格闘技),グレコローマンレスリング(下半身への攻撃を禁じられた古代オリンピアのレスリングを起源に持つ競技),アジアでは韓国のテコンドー,タイのムエタイ(タイの国技であり,パンチ,キックだけでなくヒザ,ヒジ,首相撲と立ち技におけるあらゆる攻撃要素を持ち合わせている),ミャンマーのラウェイ(金的と眼つぶし以外何でもありの,ほとんど素手で戦う立ち技格闘技),モンゴルのブフ(モンゴル相撲のこと。白鵬の父ジグジドゥ・ムンフバトや朝青龍の兄ドルゴルスレン・スミヤバザルはブフの横綱にあたる“アヴァルガ”の称号を手にしている),イスラエルのクラヴ・マガ(イスラエル軍が正式に採用している徒手格闘術)等々枚挙に暇がありません。上記の格闘技に日本の空手,柔道,相撲,合気道,キックボクシングを含めた中でどれが一番強いのか,ルールの違いもあり断言できることではありませんが,「ルールなしの戦い」ということであれば,戦いに使える武器の一つ一つがこれ以上ないというレベルまで研ぎ澄まされており,その種類が多ければ多いほど有利に戦えるのは当然のことであり,そういった意味で考えると打撃・関節技・投げ技・絞め技のあるMMA,コマンドサンボ,クラヴ・マガ等が最強の格闘技に近いとも思われます。
 しかしこんな風に理論立てて考えても全く面白くありません。私の尊敬する格闘家の一人,元初代タイガーマスクの佐山 聡氏は1984年に修斗という,現在の総合格闘技の源となる格闘技を創設しました。UFCやPRIDEが出現する前から総合格闘技を意識しており,「10年先の格闘技界を見ている」と言われ先見の明がある佐山氏は「戦いはまず立った状態から始まる」「相手に倒されない技術と,一撃で倒す技術のある打撃系の選手が強い」と述べています。そう考えるとキックボクシングやムエタイの選手がレスリングの技術を覚えタックルを防御できるようになれば鬼に金棒ということになります。実際PRIDEを席巻したミルコ・クロコップやヴァンダレイ・シウバ,アリスター・オーフレイムはそのタイプで,負ける姿が想像できないほどの強さでした。しかし,現在のUFCを見てみると必ずしもそうではなく,レスリング系の選手が打撃を覚えて強くなっていくケースが散見されます。また,PRIDE創成期にはグレイシー柔術が全盛でヒクソン・グレイシーが400戦無敗を誇りあらゆる格闘技の選手が柔術の技術に翻弄されていました。
 私が冒頭で述べた「最強は時代によって違う」という考えはここからきており,その時代時代で強いスタイルは出てきますが,そのたびに研究され,攻略法が見つけ出されそのスタイルを凌駕するスタイルが出てきます。ゆえに,体格・体力・運動神経に恵まれ,時代のニーズに合った技術を習得し,その時代に合った練習を続けている選手が強いということも言えると思います。PRIDEの第2代ヘビー級チャンピオン,エメリヤーエンコ・ヒョードルは弛まぬ努力と天性の試合勘,基礎体力の強さで総合格闘技界全体で最強といわれるほどの選手になりました。個人的にはヒョードルの試合スタイルが好きなので人類ヒト科最強の称号を贈りたいところですが,全盛期のヒョードルが現在のUFCヘビー級のトップ選手と戦ったとしても勝てるかと問われたら「勝てる」と断言はできません。過去に最強との呼び声もあったヒクソン・グレイシーもしかり,ミルコはUFCではほとんど勝つことができませんでした。他の競技でも,ボクシングで全盛期のモハメド・アリとマイク・タイソンとどちらが強いか,不毛な議論になると思いますが,タイソンのスピードにアリはついていけないと思いますし,キックボクシングでも全盛期のピーター・アーツとバダ・ハリはどちらが強いのかといった議論がでてくると思われ,考え出すときりがありません。
 結局のところ誰が一番強いと言えなくなってきましたが,私は独断と偏見で総合格闘技ではエメリヤーエンコ・ヒョードル,ボクシングではマイク・タイソンが最強だと思います。結局好きな選手が一番強い選手であってほしいんですよ。
 世界で誰が一番強いのか。格闘技界でも一番のメインテーマであり,格闘技仲間とそのテーマについて語りあう時ほど楽しいものはありません。個人個人の中に各々最強の人物は存在し,変わっていくものだと思います。
 現在,日本では格闘技が下火になりテレビ放送もほとんどありません。さまざまな格闘技の発祥地でもあり,以前は格闘技の聖地とまで言われたこの国で今の状態は残念なことこの上ありません。いつかまた日本の格闘技界が世界の中心になることを願って筆を置こうと思います。


次号は,鹿児島県中央児童相談所の吉田 巌先生のご執筆です。(編集委員会)




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