随筆・その他
「顔は口ほどに嘘をつく」
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外来の診察室に入ってきた患者さんを見て,まず最初に何を考えるだろうか。問診票を見ながら,入ってきた患者さんの様子をうかがう。どういう表情をしているだろうか,緊急性を要するものはないだろうか,など五感を働かせながら観察していく。診察後に説明するときも,何を期待して来ているのだろうか,検査を希望して来ているのだろうか,説明に納得しているだろうか,などを考えながら患者さんの表情などをうかがいながら行っていく。
一方逆の立場から考えてみると,患者さん側からも医師がどのような表情,態度で接してくるかを観察されている。自分の言いたいことを聞いてくれるのか,一方的に話をしてこないか,上から目線の態度ではないかなど観察されていると思われる。自分自身が他の医療機関を受診すると,客観的にいろいろなことが見えてくることがある。特に自分の素性が分からない状況で同業者と接するとその人がどういう表情,態度であるかがよくわかる。逆に自分が診療にあたるときも同じように見られているのだなと改めて感じさせられることがある。
相手の表情からその人が今現在どのような感情を抱いているかを推測することは我々の仕事の中で重要であると思われる。しかしながら,自分自身がどのような表情をしているかはなかなか分かりにくい。不機嫌な状態で帰宅すると,しばしば家内に「何かあったの?」と言われる。また顔に出てしまったのかと思い,しまったという思いがつのる。家内に顔をみればすぐわかると言われてから,外来で診断に迷っているときに表情に出ていないかなと思ったことがある。感情をすぐに顔に出してしまう人もいれば,感情を隠すのがうまい人もいる。本音は顔に出やすいというが,人間は顔の表情をコントロールすることもできるとも言われている。感情とその表現について以前より興味を持っており,今回はそのことについて少し触れてみたい。
以前海外ドラマである「Lie to me」をDVDで見たことがある。一話完結もので,一瞬の表情や仕草から嘘を見抜いていくことで犯罪捜査をはじめとするトラブルを解決していく姿を描いたものである。このドラマの主人公のモデルとなっているのがPaul Ekmanである。UCSF(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)の心理学の教授であり,顔の表情,嘘つきに関して世界的にも有名な人物である。この人の著書に「Emotions Revealed」(邦題:顔は口ほどに嘘をつく)という本がある。この中から気になったところをいくつかピックアップしてみたいと思う。
1.まず冒頭に14枚の顔の表情の写真があり,それを怒り,恐れ,悲しみ,嫌悪,軽蔑,驚き,喜びのいずれかに振り分ける自己テストが掲載されている。本の内容を読む前にやってみるとなかなか難しく,半分も正解できなかった。しかしながら一通り読み終えてから再びやってみると8割強の正解を得ることができた。著作権の問題でここに写真を掲載することはできないが,興味を持たれた方は是非ご自分でやってみられたらいかがかと考える。
2.感情表現が人種によって差があるかどうかについて検討されている。メディアの影響がないことを証明するために,パプア・ニューギニアの高地の孤立した地域に暮らすフィレ族への調査を行い,苦労を重ねながらデータ収集を行ったことが書かれている。ボディランゲージが各国間で異なるように感情表現に関しても差異があるのではないかと考えていた小生にとって,ヒューマンユニバーサルであるとの記述は衝撃であった。
3.感情表出のメカニズムについて筆者の考えが述べられている。我々は,危険なことが起こった際に意識的に認識する前に瞬時に自動評価機構によって認識され,無意識のうちに感情を引き起こす。また,その感情は0.001秒という非常に素早い時間ではじまるために,それを引き起こす心の中のプロセスに気付くことがないとされている。痛みの際に顔をしかめる表情は,まさにそれに該当すると思われる。意識は脳内のプロセッサーではなく,脳内処理のごく一部のディスプレーにしか過ぎないということには驚かされた。また,ある特定の記憶が自動評価機構を呼び出す引き金になり,その引き金には進化により獲得された普遍的なものと学習によるものがあるとされている。
4.どうすれば感情的にならなくてすむか。これは自分にとっても本当に難しい問題である。多くの人は自分が感情的に反応することを制御しようとする。しかしながら,一方ですべての感情を完全に消し去ってしまいたいと思っているわけではない。恐怖が我々を守ってくれるように,我々にとって有益な感情ももちろんある。ほとんどの人は,感情を完璧に消し去るのではなく,特定の引き金に反応しなくなる能力を持ちたいと思っている。しかしこれは一筋縄ではいかないことである。ではどのようにすればその引き金を弱めることができるか,まず最初のステップは,自分にそのような感情を引き起こしているのが何なのかをつきとめることである。その感情がいつ,どうして起こるのかがわかっていないとすれば,そのことを記録につけることである。例えば,自分が怒りにかられたときに気づいたことや,他人にそのことを指摘されたときにメモに書き留めておくことである。自分が怒る直前に起こったことをできるだけ詳しく書き留めることで気づくことがあるとされている。
5.我々は,いつ感情的になるかを選べない。それと同時に,感情的になった時に自分の言動や顔の表情,声の質などを選べない。しかしながら,後で後悔するような行動を加減したり,感情表現を抑えたり,言葉を慎んだりすることは学習によって習得することができる。また,他人が示す感情表現を見て,彼らの言動をどう解釈すればいいかを判断する。このようにさまざまな場面で引き起こされる感情であるが,感情の信号システムの特徴の一つとしていつでも「スイッチが入っている」状態になっていることがある。これは,どんな感情であっても感じた瞬間に反応する準備ができているとされている。これは人間が人間たる所以であり,感情の信号を鈍らせることはできても抑圧することはできない。これがあるからこそ子育てが可能であり,友達付き合い,求愛ができるのである。この点は妙に納得させられた。
以上いくつか述べてきたが,感情はまだまだ分からないことだらけで,奥が深いなというのが率直な感想である。
心の中を理解するというのは本当に難しい。感情を含め頭の中は未だもってわからないことが多数あるというのが実感だが,感情を理解しようとする態度が一番大事かと思う。
この本を読んだあと,仕事中に感情を隠すことができるようになったかどうかは定かではないが,人間の脳にさらに興味を持ったことは事実である。未だに家内からすぐに顔色で見抜かれるところから考えると,感情のコントロールのほうはほとんど変わっていないのかなと考える。顔色を読むことは多少できるようになっても,「顔は口ほどに嘘をつく」というのを実践するのはなかなか難しいことなのだと感じる今日この頃である。
| 次号は,鹿児島市立病院の宇都 正先生のご執筆です。(編集委員会) |

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