中学1年の春に,ビバルディの四季を聴いてから,いわゆるクラシック音楽に魅せられ(魅せられたというよりも,天からの啓示のごとく突然好きになったのです),以後,ウィーン古典派,ロマン派を中心にさまざまな曲を主にレコード,CD,時に生演奏で聴いてきました。また何人かの同好の士,同好の師とも知り合いになり,感想を述べ合って楽しいひとときを共有してきました。今回は文章で印象深い曲を語って参りたいと思います。
1.ビバルディの四季
いわゆるクラシック音楽に興味を持つきっかけとなった曲です。じっと耐えたモノクロの冬が過ぎ去り,暖かい空気と陽光を待ちわびた人々(そしてあらゆる生き物)の喜びが伝わってくる,「春」のさわやかな出だしのメロディーを聴いて,心ときめかない人はおそらくいないのではないでしょうか。「夏」は暑さに疲れた人間や動物のけだるさをうまくとらえており,「秋」のメロディーは,実りの秋の気配を本当に感じさせてくれます。中でも特に好きな曲は「冬」の第2楽章で,暖炉があかあかと燃える室内でくつろぐ人(人々?)の雰囲気がうまく描かれ,屋外で降っている冷たい雨が,室内の暖かさとそこにいる人の幸せをよりいっそう強調しています。私が学生時代に習ったドイツ音楽中心の音楽史では軽く扱われた,それも意図的にそうされたイタリアの音楽が,実は非常に生き生きとして明るい魅力的なものであることを世に知らしめたのが,この「四季」なのです。
2.ベートーベンの交響曲第2番
交響曲第5番,俗に「運命」は好きではありません(傑作には違いありませんが,今も第2楽章をたまに聴くだけです)。べートーベンをしっかり聴いてみなければと思ったのは高校に上がってからで,最初に買ったレコードは,なんと交響曲第9番「合唱付」でした。十字屋楽器店でレコードをさがしていたら,立派なジャケットが目にはいり,曲のことをよく知らないまま買ってしまいました。ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏だったと記憶しています。延々と続く長い曲で,それまで聴いていた音楽とは明らかに異なっており,はじめはあまり好きになれませんでしたが,曲のあちこちに魅力的な部分が見え隠れしている(ベートーベンがこちらを見ている!?)のは何となくわかりました。そして繰り返し聴くうちに,第1楽章と第3楽章が好きになっていきました。普通は交響曲第3番「英雄」あたりから聴き始める人が多いのでは?と思うのですが,私はベートーベンの交響曲の終着点である第9を入り口として,ベートーベンの他の交響曲を聴いてきたわけです。惹かれたのは第7番,第6番「田園」,第2番でした。基本的にこれは今も変わっていません。最近とりわけ好きなのが第2番,中でも第1楽章です。ショルティが1974年にシカゴ交響楽団を指揮したもの,録音は古いものの,クレンペラーがフィルハーモニア管弦楽団を指揮したものをよく聴きます。第3番の陰に隠れて目立ちませんが,少し注意深く聴いてみると,音楽が実に流麗に流れ,ベートーベンの覇気満々とした若さ,作曲家として立つ決心と自信を,実感できる傑作であることがわかります。
3.ベートーベンのバイオリン協奏曲
これもどんな曲か知らないまま,その琥珀(こはく)色のジャケットに惹かれ十字屋でレコードを買ってしまいました。パガニーニ弾きとして有名なサルバトーレ・アッカルドのバイオリン,クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲバントハウス管弦楽団の演奏でしたが,この演奏がまた素晴らしいもので(録音もいい),曲自体の良さのためもあり,何回聴いても飽きず,そのうち全部の旋律が頭に入ってしまいました。がなりたてる,威圧的なベートーベンはここにはいません。CDとして復刻されていないのが残念です。聴きすぎてレコードが傷んだため,中古の,良質のレコードをインターネットで探し出し,業者に頼んでCDを作成してもらいましたが,音質が今ひとつの感です(業者のレコード再生装置に問題あり?)。同じ趣向のピアノ協奏曲第4番も素晴らしい曲。第3楽章のはじめでチェロの伴奏に合わせてピアノが歌う部分は,ブラームスのピアノ協奏曲第2番の第3楽章のチェロの独奏に合わせて,ピアノがロマン的極みとさえ言えるメロディーを紡いでゆく,素晴らしい先駆けのような気がしてなりません(ブラームスがベートーベンのアイデアを応用した可能性は十分にあると思っています。余談ながら,ブラームスのピアノ協奏曲第2番の第1楽章第1主題は,ベートーベンのバイオリン協奏曲ニ長調の第1楽章の第2主題から取られたものではないかという説があります)。あとバイオリンのための二つのロマンスも昔から気に入っています。彼が好きな二つの女性のタイプ(華やかな上品さ,慎ましく控えめな品の良さ)を表現したと言っては言い過ぎでしょうか?この曲を聴くとベートーベンに美しい旋律がかけないという評価は誤りではないか!と言いたくなります。
4.グリークのピアノ協奏曲
ベートーベン,ブラームスの交響曲まがいのピアノ協奏曲を聞き慣れている耳には,最初は単純な作りの小曲にしか聞こえませんが,少し聴きこんでゆくと,ロマン派の大家リストが高く評価したように,北欧のさわやかな,透明感のあるその旋律は,確かにグリーク独自の魅力をたたえています。特に私は第2楽章が好きで,仕事で疲れた心を癒すにはもってこいの曲だと思っています。一度,夜のお休み前に聴いてみてください。有名な曲ですので多くのピアニストが弾いていますが,一番好きなのはクラウディオ・アラウ(伴奏はコリン・デイビス指揮ボストン交響楽団)です。残念なことに録音がよくありませんが(特に伴奏のオケの音がこもっています),それでもピアノの音は十分魅力的で,他の誰とも違う,悠然としたアラウの艶のある響きです。
5.チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」全曲
中学の頃,あるバレエ団の公演でこの「くるみ割り人形」を見て以来,とても心惹かれる,大好きな曲です。クリスマスイブの楽しい雰囲気もいっぱい詰まっています。総譜を入手しましたが,複雑で,とても私の手に負えるしろものではありませんでした。作曲された当時,ヨーロッパ中の名だたる作曲家たちから,その管弦楽法が注目をあびたように,彼の書法はオーケストラがよく鳴るので有名です。ただ残念なことに,曲自体の良さの割に世間の評価は低く,バレエの伴奏音楽とされてきました。しかし注意深く聴いてみるとバレエの伴奏曲としてだけではなく,鑑賞用の音楽としても聴き応えのある傑作であることがわかります。ただ不幸なことに,近年までオーケストラの技術的問題からスコア通りに演奏されたことはなく,この曲の真の姿は誰も知りませんでした(おそらく作曲家自身も)。このことは数年前に偶然入手した,平林正司著『胡桃割り人形』論(三嶺書房 1998年刊)に詳述してあります。想像もしなかったことです。しかしついに,チャイコフスキーの作曲後約100年たって初めてスコア通りの演奏が現れました。それが1986年にセミヨン・ビシコフがベルリン・フィルを振ったものですが,日本では全く話題に上らなかった演奏のようです。私もこの演奏の存在を全く知りませんでした。すでに国内ではCDは販売されておらず(本邦でも販売されたものの売れずにすぐ廃盤になったようです),インターネットであれこれと調べ,イギリスから取り寄せました。聴いた結果は,全く平林氏のいうとおりで,まさに目から鱗の落ちる,素晴らしいの一語に尽きるものでした。チャイコフスキーという作曲家の偉大さがこの演奏を聴いているとわかります。ベルリン・フィルという世界最高のオーケストラと,スコアを徹底的に読み込んだビシコフだからこそできた快挙なのかもしれません。最近,タワーレコードのvintage collectionという復刻CDコレクションの中にこの演奏が加わったので,興味のある方はネットで検索してみて下さい。今まで自分はスコア通りの演奏を聴いていなかったんだ,ということが実感されると思います。(日本の音楽評論家のレベルの低さは定評がありますが,この曲についても,平凡な演奏を,優れたものとして雑誌に論評しています。ある雑誌ではアンドレ・プレビンの演奏が推薦版となっていますが,バレエの伴奏用としてはともかく,鑑賞用には不十分でもの足りず,このビシコフの演奏に比べたら月とすっぽん程の差があります)
6.モーツァルトの交響曲第38番「プラハ」
モーツァルトの音楽はちょっとかじった程度では,きれいで人当たりの良いものですが,少し聞き込むと,非常に変化に富み,いっときも立ち止まらない,きわめて流麗に流れる,強靱な音楽であることがわかります。しかし自分のメッセージを曲のある部分で強く訴えてくるベートーベンと違い,その音楽に人間臭さを感じにくい,つまり人間離れした天才の書いた音楽はあまり好きになれませんでした。今も好んで聴く作曲家ではありません。けれども,このプラハ交響曲だけは別です。彼の交響曲で最高傑作とされる第41番「ジュピター」で素晴らしいのは第4楽章(この楽章を聴いたベートーベンが,テンポの速い音楽はこの曲が頂点を極めたと悟り,緩徐楽章での頂点を目指した,という話が伝わっています)であり,残りの楽章は大変良くできてはいるものの,何となく疲れた様子を感じます。このプラハ交響曲では,第1楽章の第1主題が,快活で跳ね回っているモーツァルトの本来の姿を彷ほう彿ふつとさせるもので,彼本来の素晴らしいメロディーだと思います。曲も全くだれたところが無く,曲の終わりまで一気につれていってくれ,いい音楽を聴いた!と真に実感できます。従って私はモーツァルトの交響曲の最高傑作はこのプラハであると思います。
7.ハイドンのトランペット協奏曲変ホ長調とチェロ協奏曲ニ長調
ハイドン最後の管弦楽曲となったトランペット協奏曲は昔から大好きな曲です。その無駄のないつくりはハイドンの到達した作曲技法の高さを実感させます。モーリス・アンドレのトランペット,ハンス・スタードルマイヤー指揮ミュンヘン室内管弦楽団の演奏が気に入っています。
チェロ協奏曲は,ミッシャ・マイスキーの演奏を聴いて素晴らしい曲であることを再認識しました。ベートーベンのような気むずかしい音楽ではなく,ハイドン特有の上機嫌で親しみやすい,品の良い,それでいてどこをとっても独創的な音楽を聴き取ることができます。
終わりに・・・最近興味を持っていること
私は良い音で,良い演奏を聴きたいと思っており,歴史的録音などと銘打っての古い録音のCDは滅多に聴きません。録音が古くても素晴らしい演奏がたくさんあるのはもちろん承知していますが,音質が悪いのは聞く気がちょっと失せてしまいます。ちょうど30年前にCDが世に出て,その手軽さと音質であっという間にレコードを駆逐しました。今度はネットオーディオがCD時代の幕を引くかもしれません。ソニーのウォークマンなどの携帯音楽プレーヤーは,気軽に音楽が聞ける環境を提供したものの,音質の点でものたりなくなったと思います。今の若い人たちが良い音質で音楽を聴いていないというのは非常に気になります。人の一生で感受性が最も強い時期(聴覚も一番いい時期)に,安っぽい音質で音楽を聞いて,これが音楽なんだというふうに思ってしまうことに危惧の念を抱きます。将来のためにやはり良い音を若いうちにしっかりと聞いておくべきでしょう。
再生装置では,私は個人的に,アンプは真空管,スピーカーは英国製がいいと思います。実に温かないい音がします。ネットオーディオにも興味があり,まず手始めにアイリバーのAK100という携帯音楽プレーヤー,真空管のヘッドフォンアンプ,イヤフォンはゼンハイザーIE800を入手し,ONKYOが運営する高音質の音楽提供のサイトから,歌謡曲やクラシックなどいろいろダウンロード(もちろんパソコン経由で)し,ついで携帯音楽プレーヤーに転送して,その音を楽しんでいます。ヘッドフォンアンプを使用することで音がだいぶ柔らかくなりました。将来は,現在所有しているCD,SACDをすべて音楽専用のハードディスクに記録して,好きなときに高音質で音楽鑑賞ができるシステムを作ろうと考えています。私は初心者ですから,この拙文をお読みになっている先生方の中には,これらのオーディオについては,玄人の域に達しておられる方が少なからずいらっしゃることと思います。是非,ご指導・ご教示を頂戴したく存じます。
以上,とりとめもなく記してまいりました。なにぶん浅学非才の身なれば数々の思い違い,勘違いもあることと思います。どうかご寛容を切にお願い申し上げます。
| 次号は,鹿児島市立病院の堀之内秀治先生のご執筆です。(編集委員会) |

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