=== 新春随筆 ===

学 会 見 聞 録



鹿児島大学医用ミニブタ・先端医療開発研究センター
遺伝子発現制御学分野 教授
                        佐藤 正宏
 
世界から40数カ国集まる。国内からは数名のみ。

 不妊治療関係の国際学会The 3rd ISFP(The 3rd World Congress of the International Society for Fertility Preservation, Malia Valencia Hotel, Valencia, Spain; 7-9 November, 2013)に発表・参加した。当学会はまだ発足したばかりだが,今話題の加齢に伴う老化卵子をいかに救済するか,不妊の危機に瀕した女性からいかに健常児を得るかなどの問題にアクセスしており,世界的な不妊治療の最前線を垣間見せてくれた。
 特に発表が集中した話題は,癌患者(女性)から抗癌剤投与前に卵子あるいは卵巣を単離し,これを一時凍結保存し,抗癌剤投与終了後にそれらから由来する受精卵を患者あるいは代理母の体内に戻し,挙児を得る試みである。
 Sherman Silber博士(USA)は高齢だが,この世界では有名らしく,いくつかの臨床例を紹介した。彼は一卵双生児(女性)のどちらかに癌が生じた場合,抗癌剤投与前に被験者の卵巣の一部をとりだし,片方の女性(HLAが適合)の皮下に(腹腔に近い部分)移植し,成育させた後,卵胞を摘出。体外受精(IVF)で卵子を受精させた後,胚を被験者の生殖道に移植。挙児を得た。この場合,摘出卵巣は免疫的に適合する相手に移植しているが,別のグループでは,HLAが異なるレシピエントに卵巣片を移植後,免疫抑制剤を投与することにより,移植卵巣の脱落を抑え,挙児を得ている。この場合,免疫抑制剤の投与が卵子の質に影響を与える可能性が懸念される。
 上述のように,癌を患う患者からの卵巣移植,それからの卵子の採取,受精,挙児の方向性は今や効果的な救済方法と認知されているが,転移性の高いリンパ系癌(ホジキン病,慢性リンパ性白血病, 急性リンパ性白血病など)に罹患した患者の場合,卵巣に癌細胞の混入の可能性が見込まれ,卵巣移植後の移植片から癌が生じる可能性がある。実際,移植片のPCRなどからウイルスの混在が認められたが,それによる癌の発症例はまだ報告されていない(Marie-Madeleine Dolmans博士, Belgium)。
 このようなウイルスの混在を極力抑えるべく,Stine Gry Kristensen博士(Denmark)は,未熟な卵胞のみをメッシュによるろ過で選別し,これらをアルギン酸カルシウムゲルあるいはfibrin-thrombinゲルに包埋し,皮下に移植している。ちなみに,彼女らはこれを「artificial ovary」と呼んでいる。ゲルはいずれも生体内分解性だが,血管新生が一週間内に起こることが重要のようで,後者のゲルの方が良いという。
 B. Asadi博士(Norway)はウイルスの除去にはmethotrexateが良いとされるが,それをin vitroで短時間単離した濾胞に処置し,免疫不全マウス皮下に移植。移植片におけるウイルスの存在をPCRで調べたが,ウイルスが検出され,methotrexate短時間処理は効果なしと断じた。
 また,摘出した卵巣を一時的に凍結保存する方法も盛んに研究されている。これはレシピエントを待つ間,卵巣を良好な状態で維持するための処置である。凍結保存の場合,緩慢凍結とガラス化法(vitrification)とがある。後者の方が簡便で時間もかからない。Outi Hovatta博士(Sweden)は両者を比較検討し,どちらも凍結後の卵巣の損傷には差がないことを示した。ただ,ガラス化法のための凍結保護剤にはオリジナルのVS1, VS2が用いられており,それから進歩している凍結保護剤(DAP213やDPSなど)を用いていないのが気になる。オリジナル法ではまだ操作に手間ひまがかかるからである。
 卵巣や卵子の保存といえば,きわめつけは「卵子の乾燥保存」である。体長1ミリメートル以下の微小動物のクマムシは乾燥など極悪の環境下でも極めて高い生存性を示すことが知られる。それはトレハロースという糖を分泌し,それが乾燥や凍結保護の役割を果たすからである。Gerland Schatten博士(USA)はこのトレハロースを用い,小形動物卵子の乾燥保存を試みた。適度の乾燥処理から検体に水を加えると現状復帰するが,そのままでは発生は進まなかった。核自体が損傷を受けているかを確認するため,核部分を乾燥処理胚(受精卵)から抜き出し,除核卵子に移植すると2-cell胚に発生した。乾燥保存は液体窒素を必要としないので,究極の保存法と言える。今後の進展が期待される。
 基礎生物学的には,ヒト卵巣はマウスのそれと異なり,未熟ないわゆるprimordial oocytesは卵巣表層に集中することを知った。それらが成熟する場合,内部のmedullaに向かうという。Kate Hardy博士(UK)はprimordial oocytesをいかに活性化させるかを研究している。老化卵巣では排卵されるoocyteはごく限られてくる。そこで,休眠しているprimordial oocytesを活性化させ,それを妊性回復への材料とする考えである。面白いことに,primordial oocytesが密集している集団では,お互いnegative factorsを出して全体的にinactiveな状態になっているという。primordial oocytes活性化因子はまだ多くは知られていないが,その一つにはgrowth differentiation factor-9(GDF-9)などの成長因子があるのではと推察している。
 また,興味深かった話題は,「子宮移植」である。Mats Brannstrom博士(Sweden)は,正常なドナーの子宮の一部を患者の子宮に連結し,免疫抑制剤の投与,IVF卵の移植により,目下,妊娠中であることを報告。子宮内膜症などで損傷を受けた患者さんには今後朗報となる試みになるに違いない。
 私は順天堂大大学院医学研究科アトピー疾患研究センターの多田昇弘博士と共に,ポスター発表を行った。表題は「Syngenic grafting of a whole male juvenile gonadal tissue into the adult testes confers successful spermatogenesis in mice」である。マウス新生仔(day 1)の精巣全体(精巣,精巣上体頭部,尾部を含む)を成体マウス精巣皮膜内に移植することにより,ドナーの精子形成が達成されることを示すもので,このような方法は貴重なマウス種(例えば,生後直後に死亡するようなKOマウス系統など)の保存に活かされる。何故,皮下ではなく,精巣に移植するのかの質問が多かった。精巣の発達には皮下のような体部の温度よりも,体部より露出している睾丸側の低温が良いからである。多田博士は「Birth of normal live mice derived from mouse spermatozoa vacuum-dried and preserved at room temperature for long term」を発表した。前出の乾燥保存の精子版である。トレハロースで保存した精子は,卵子同様,水をかけると形態的に正常な形で復元されるが,やはり運動性はない。精子は運動性がなくともICSI(強制受精)により挙仔を得ることができる。復元後,運動性が見られればなおよしであるが,まだ実現されていない。
 欧米では卵巣の凍結保存,移植,挙児は日常的に行なわれており,その成功例は年々増大傾向にある。それに対し,日本ではそのような試みは皆無である。国内では,そのような処置が禁じられているからである。しかし,国際的な情勢を見れば,いずれ国内でそのような先進的な不妊治療が展開される日が来ると思われる。私は基礎生物学出身で,産科系の分野からすれば部外者だが,国内の不妊治療の行く末が案じられてしょうがない。




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