=== 新春随筆 ===
好 き こ そ も の の 上 手 な れ
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鹿児島県言語聴覚士会
(鹿児島赤十字病院)
坂口紅美子
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[ ]。これは,文字化けでも綴り間違いでもありません。国際音声字母(IPA表記),いわゆる発音記号を用いて「今年もよろしく」と“言っている”のです。
言語聴覚士となって5年。言葉のリハビリを生業としているためか,日常生活の中でも人の話し言葉が気になります。「職業病」といわれるものなのかもしれませんね。気になる点の一つは発音です。先ほど,「今年もよろしく」と“言っている”と述べましたが,なぜ“書いている”ではなく,“言っている”なのか。音声学では,発音された言葉を[ ]の中にIPA表記で書き表します。つまり,人が“言った”言葉を文字化しているだけなので,“書く”ではなく“言う”になるのです。IPA表記の利点は,誰が読んでも同じ発音が実現可能ということです。私たち,言語聴覚士は,患者の音声を表すためにIPA表記を用います。養成校では,IPA表記で表記すること,表記された音声を再現することを嫌に(笑)なるくらい練習します。この練習の成果なのか,私は日常生活の中の会話でも,音声が頭の中にIPA表記で浮かびます。テレビや歌も自動的にIPA表記に変換していることがあります。しばしば厄介に思える習慣ですが,時にはおもしろいことがあります。言葉の端々に,通常の日本語の発音とは異なる,たとえば,ドイツ語やフランス語の発音が現れる方がいらっしゃるのです。一昔前に流行した歌手の中にも,ある音だけをドイツ語のように発音をされる方がいらっしゃいました。また,ある政治家の場合,演説と普通の会話は異なった発音をしていることに気付きました。このように,日常生活においても,人の発音を分析してしまうのです。
人の話し言葉で気になる点のもう一つは「方言」です。方言は,アクセントや文法,語彙によって異なるものですが,さまざまな分類があります。鹿児島県の方言は鹿児島弁ですが,鹿児島弁もさらに細分化されます。鹿児島弁のアクセントは,東北北部地方と同じ「シラビーム方言」といわれる少し珍しいアクセントです。シラビーム方言とは,促音(ッ),撥音(ん),長音(ー)をアクセントの一つとして数えない方言です。つまり,東京方言では「新聞」は「し・ん・ぶ・ん」と区切られるのですが,シラビーム方言では,「しん・ぶん」と区切られるのです。鹿児島弁が早口に聞こえる一因がここにある気がします。さらに,薩摩藩の源流である,宮崎県都城市も通常の鹿児島弁とは違った珍しいアクセントです。都城市のアクセントは無アクセント方言の一種であり,言葉の最後の音節が必ず高くなるというものです。このアクセントはフランス語と同じアクセントの形です。「鹿児島弁は韓国語や中国語に聞こえる」という話をよく聞きますが,都城市の方言はフランス語に聞こえるのかもしれませんね。
無意識に人の話し言葉を分析してしまう私ですが,これも話し言葉を分析することが「好き」な故だと思います。興味がないことや嫌いなことは続きませんが,「好き」という気持ちのおかげで,無意識のうちに続けることができるのだと思います。「好きこそもの上手なれ」とはよくいったもので,好きなことは続けられるため,「継続は力なり」につながるのだと思います。これからも,「好きこそもの上手なれ」と自分の特技を磨き,仕事に活かしていこうと思います。
最後になりましたが,人の話し言葉は,「自分の意思を伝える手段」の他に,さまざまな役割を担っています。コミュニケーション手段の一つではなく,話し手の人となりを観察することのできる「意外な情報源」として活用してみてはいかがでしょうか。

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