=== 新春随筆 ===

       年 男 雑 感
(昭和16年生)



中央区・中央支部
(日高病院)
 野元 域弘

 編集子に指摘されると,6回目の『干支』が回ってきたようです。
 振り返ってみると,山口大学第二内科に入局して,仲間と一緒に臨床研修に入った頃,居酒屋で「これからどういう医者を目指すか」と議論したことがあった。その時,私はよく「太く短く生きたいから,早く技術を身につけて患者さんの役にたちたい」と言っていた。その頃,何故「自分の人生が短い」と意識していたかというと,私は父・母系の祖父を知らず,祖母だけが3人(?)いたから,自分の家系は「男は早く死ぬ」という遺伝的因子のみが頭にあった。最も長生きし,私が医師になるのを楽しみにしていた父でさえ,国家試験の発表を新聞で見て,免許証の下付も待たずに65歳で逝った。
 内科に入局しながら,「心臓カテーテル」という観血的検査の道を専攻したのは,勿論最も尊敬し,かわいがっていただいた先輩に勧められたのが一番であるが,「太く短く,技術習得」という自分の考えも影響していたように思える。
 入局して最初に持たされた患者さんが,まだ40歳前半の働き盛りの男性で心筋梗塞だった。入院3日目に肺水腫になり急逝された。当時,CCU(Coronary Care Units)も無く急性心筋梗塞の死亡率は,60〜70%だった。新米医者として死亡宣告し,奥さん・高校生ぐらいの娘さんが泣き崩れるのを見ていると,こちらもいたたまれなくなり,当直室に駆け込んで溢れてくる涙をタオルで拭いた。いつの間にかメディカルライターが入ってきて,「主治医が泣いてどうする。ゼクチオン(病理解剖)の話をせんか」と注意された。
 剖検所見は,左冠動脈前下行枝の完全閉塞であった。
 教室では,教授専門分野の肺循環の研究が右心カテーテル法で行われていた。まず先輩にカテーテル操作の訓練を受けた。当時は,尺側皮静脈を直接切開露出して,クールナンドカテーテルを肺動脈に挿入し,動脈圧・心拍出量等を測定していた。
 最初に心筋梗塞患者で無力を感じたので,次第に左心カテーテル,心室造影,冠動脈造影に興味を持つようになった。まだ発展期だった心臓外科や麻酔科の若いスタッフにも教えを請い少しずつ訓練した。ペースメーカー植え込み術,心筋バイオプシー等も覚えた。その頃,種々のカテーテル,シネアンジオ撮影装置も開発され,10年後ぐらいに虚血性心疾患の診断方法として冠動脈造影ができるようになった。
 しかし,心電図・心エコー等の非観血的検査は,痛みが無いので簡単に被検者がいたが,カテーテル検査を希望する患者は少なかった。それで同僚の患者さんのカルテを見せてもらい,心カテの適応のある患者を探し出し,夕食後,病室を回り,「心カテ検査を受けてもらえませんか?」とお願いして回ったりした。私が病室に説得に行くのを知っている同僚は,陰で「またインヴェダーが入って行った」と小声で話していた。
 昭和57(1982)年6月,鹿児島の国立南九州中央病院・循環器科(現鹿児島医療センター)に着任した時,丁度「特発性心筋症」の研究をしていて,時々心筋バイオプシーをしていたら,「今度国立病院にきた医者は,心臓の筋肉を引きちぎるそうなぁー。恐ろしいことをする」と噂していると聞いたこともあった。
 その後,第一内科循環器グループの有馬新一先生(現在開業)等とウロキナーゼによる心筋梗塞の血栓融解療法を成功させ,これが鹿児島での融解療法の一例目だったと思う。血栓融解薬は各種のt-PA(組織プラスミノーゲン活性化因子)薬が開発され,さらにバルーン・ステントによる冠動脈形成術に進展し,心筋梗塞の急性期治療に取り組んでいたが,忍び寄る加齢現象には勝てず,だんだん細いガイドワイヤーが呆けてきだし,足を踏みつけながらカテーテル操作を指導していた後輩に,「先生,そちらの方向じゃない」と逆に叱られるようになり引退を決意した。南九州中央病院を辞する頃には,急性心筋梗塞の死亡率は,5%前後で一桁になり,約30年間の変遷を体験することができた。
 振り返ってみると,私がカテを始めた時,心カテの禁忌として教えられた急性心不全,急性心筋梗塞が,今では逆に最も良い適応になり,チャンスを逸しないように専門施設に搬送しなければならなくなり,医学の進歩と共に検査の禁忌・適応も変遷した。

 過日報告された2011年度の平均寿命は,男性79.44歳,女性85.90歳で,自立して健康に生活できる平均健康寿命は,男性70.42歳,女性73.62歳とされた。学生時代,年寄りの病気で,「白底翳(しろそこひ)」といって盲目になると教えられた白内障の手術を先日受け,スリガラスが4〜5枚入っているような視界が透明ガラスに変わり明るく開けた視界に,現代医学の恩恵を実感した。一方,まだ治療困難な難病は,研究対象が482疾患あり,医療費助成の対象疾患を現在の56疾患から300疾患以上に拡大しようとする動きがあるそうである。お互いに知恵を絞って,これらの難病治療を「近い将来(?)」解決させ,今苦しんでおられる患者さんに福音がくると信じている。
 平均健康寿命は過ぎ,もう少しある平均寿命に向かう自分に,現代医療の治療進歩・恩恵を期待しつつも,現実は,薄くなった頭髪,白髪,顔の皺,皮膚のあちこちの色素沈着を見るにつけ,老化を実感しつつ,「老爺の暴走」だけは慎み,若者に迷惑かけないよう願う今日この頃である。



このサイトの文章、画像などを許可なく保存、転載する事を禁止します。
(C)Kagoshima City Medical Association 2013