=== 随筆・その他 ===
映画「はやぶさ−遙かなる帰還−」を観て
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北区・上町支部
(日本尊厳死協会かごしま名誉会長) 内山 裕 |
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はじめに
地球から遙か彼方にある小惑星「イトカワ」。その地表に到着(タッチダウン)して岩石サンプルを持ち帰るという,世界初の高難度ミッションに挑戦した小惑星探査機「はやぶさ」。度重なるアクシデントに見舞われながらも,7年間60億キロの宇宙大航海を終えて2010年6月13日,サンプルの入ったカプセルを地球へと届け,自らは大気圏の中で燃え尽きていった「はやぶさ」。この映画は,歴史的偉業に秘められた日本の科学者・技術者達,「はやぶさ」に思いを馳せた人々の激動の7年間を描いた物語である。
「イトカワ」への旅立ち
「イトカワ」という小惑星の名称は,「宇宙開発の父」と呼ばれる糸川英夫教授に由来している。糸川教授が初めて「ペンシルロケット」の発射実験を行ったのは1955年のことである。その日は日本の宇宙開発にとって,記念すべき歴史的な一日となる。その名の通り,全長僅か23センチ,掌にのるほどの大きさのペンシルロケット。世界最小だったそのサイズは開発当時に入手することの出来た火薬の量から決まったという。
あれから苦難の時を刻んで今,「宇宙に一番近いまち」という看板がそこかしこに見える内之浦の,海を見下ろす山の中腹に位置する「内之浦宇宙空間観測所」がスクリーンに映し出される。10数階建てのビルほどの高さの整備棟,その脇にロケット発射塔がそびえ立ち,その背後に太平洋が広がる。鹿児島県民には馴染みの風景だ。
2003年5月9日,内之浦宇宙空間観測所は,何時にない活気に包まれた。ロケット発射塔を見下ろす観望台には,テレビや新聞の報道機関のカメラが何台も並ぶ。階段席に記者達が待機し,その横では大きな白い望遠レンズが三脚の上で狙いを定めている。そこから少し離れた一般の参観客用のスペースでは,数百人の天文ファンや地元の人達が,ビニールシートを敷いて座っている。
やがてざわめきが広がり,そして,徐々にぴんと張りつめた空気が漂う。
コントロールセンターが緊張する中,カウントダウンが始まる。・・・・・・・・ゼロ。
凄まじい轟音が響き渡り,振動が建物を揺らす。一帯を眩い光が包み・・・白い軌跡を残し,ロケットはほんの数秒のうちに碧空の彼方に消えていった。
打ち上げから10数分後,ロケット先端に取り付けられた探査機は,無事,軌道周回上で切り離され,国内,NASA(National Aeronautics and Space Administration:アメリカ航空宇宙局)など探査機の発する電波を確認した。
「はやぶさ」の軌跡
探査機の正式名称は,打ち上げ後宇宙空間で軌道に乗ってから発表される。「はやぶさ」。
隼のように狙いを定めて一直線に飛んでいく。そしてサンプラーホーンの爪で獲物を捕らえて戻ってくる。まさにイメージにぴったりの名前である。
ロケット打ち上げ後,「はやぶさ」の運用は,内之浦の「宇宙空間観測所」から宇宙科学研究所・相模原キャンパスの「深宇宙管制室」にバトンタッチされる。「はやぶさ」の状況は,長野県佐久市の直径64メートルあるパラボラアンテナを通じて伝わってくる。日々届くそのデータを確認し,また「はやぶさ」に対して指令を送信する拠点としての役割を負う。
地球から3億キロ以上離れた小惑星まで探査機を航行し,遠く離れた宇宙空間で着陸を果たし,サンプルを採取してまた地球に戻ってくる。人類のまだ誰もやっていない世界初の挑戦が始まっている。
リスクに躊躇して足を踏み出せずにいたら,いつまで経っても前に進めない。教科書を模倣するだけだったら,未来を切り開くことはできない。
そんな決意と挑戦の旅が始まった。
その難易度は,東京から2万キロ離れたブラジルのサンパウロの空を飛んでいる体長5ミリの虫に弾丸を命中させるような精度が要求されるという。想像を絶する旅路に違いない。
それまでの10数年の歳月,開発に骨身を削った研究者・技術者の苦悩の足跡がスクリーンに滲む。「はやぶさ」の主推進力も世界初の革新的なエンジンだ。従来の「化学推進」方式の限界を超えて,電磁場の作用によって加速する「電気推進」方式のイオンエンジンが使用されている。イオンエンジンの推進力は,一円玉を持ち上げる程度の極わずかな力。急発進,急加速は出来ないが,従来の探査機と比べると,燃料に当たる推進剤の重量が10分の1程度で済むという。
長い旅路には,想定外のトラブルが起きる。燃料漏れ,姿勢制御不能,更には通信途絶による行方不明,「はやぶさ」には次々と困難が降りかかる。
エンジンの不調が生ずる。マイクロ波放電式イオンエンジンは,世界初の技術である。過去のデータやお手本はどこにもないため,日々手探りで運行するしかない。宇宙航空研究開発機構(Japan Aerospace Exploration Agency:JAXA)の研究者やNECの技術者達が不眠不休で未知の領域に挑み続ける。
満身創痍ながらも,宇宙空間を飛び続けていた「はやぶさ」に危惧されていた「最悪の事態」が訪れた。ソーラーパネルが太陽の方向からずれてしまい,間もなく電力を失う。「はやぶさ」は全機能が停止してしまう。通信途絶・・・。
「はやぶさ」が地球と交信出来なくなる。誰もが無言のまま,モニタを見つめる。あらゆる周波数を試して,送信が続けられるが・・・。
数日経ち,10日経っても,反応がない。3億キロ彼方で,姿勢を崩した「はやぶさ」は,何度呼びかけても返事を返さなかった。
運用室で緊急ミーティングが行われる。集まったスタッフの表情は暗い。
「もう駄目か・・・。」
多くのスタッフがそう感じているようだった。
「行方不明になった惑星探査機が再び発見された例は,これまで一度もない」という現実を前にして,「はやぶさ」プロジェクトリーダーの,渡辺 謙扮する山口駿一郎宇宙航空研究開発機構・教授はリーダーとして覚悟の決断をする。
「絶対に諦めない。」,「必ず地球へ帰還させる。」
その決意を同じくした研究者・技術者達も,激しい葛藤の末,イオンエンジンに最後の指令を送る。
こうして46日ぶりに奇跡的に「はやぶさ」との通信が復活する。いくつものトラブルを克服しながらも,気の遠くなるような果てしない長い旅路を終えて,「はやぶさ」は奇跡的な生還を果たす。ミッションを終え,帰還して燃え尽きる前,最後に地球の写真を送ってきた「はやぶさ」に私は涙を抑えきれずにいた。
プロジェクトチーム
「勇気と責任を持って挑め。そして諦めるな。自分たちの力を信じて前へ進め。」
この映画は今を生きる全ての日本人への力強いメッセージであると言いきれる。
果てしないものに対する憧れと,同時に未知の世界へ挑戦する怖さと,大きな夢を持って可能性にチャレンジして成功した男達の映画である。
宇宙航空研究開発機構・教授で,「はやぶさ」プロジェクトマネージャーを務める山口博士は,技術者として非常に高い知識と経験値を持っているだけでなく,プロデュース能力も併せ持つ人材で,人心を掌握し,全員が納得していなくてもある方向へと引っ張っていく。そのリーダー像に,私は何よりも魅せられていた。
映画の余韻に浸る中で,私は医療のあり方を思っていた。病院医療から在宅医療へと変革が声高な今,医療職・介護職等,多職種連携のあり方が,改めて問われている現在の課題のあれこれを思い浮かべていた。
今必要な人材は「T字型人間」ではあるまいか。Tの字の縦棒は専門能力で,Tの字の横棒は広い視点のバランス能力を意味しているのだが,マネジメント能力と,高度な専門能力を兼ね備えた人材を,私達は,とりわけ医療の現場は待望している。

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