=== 随筆・その他 ===
桜島異変−私の覚え書き
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北区・上町支部
(日本尊厳死協会かごしま名誉会長) 内山 裕 |
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はじめに
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写真 1 桜島の噴火(平成24年2月)
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写真 2 噴火する桜島(昭和60年)
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年間最多爆発回数を更新し,平成23年(2011年)の1年間で996回の爆発を記録した桜島,気の抜けない異変の様相を呈し始めている(写真1)。
嘗て,維新の志士・平野国臣に,「我が胸の燃ゆる想いにくらぶれば,煙はうすし桜島山」と詠まれた頃の端麗な桜島は,いまは何処へ行こうとしているのか。
鹿児島湾に,その雄姿を浮かべる桜島は,昭和60年(1985年),まるで狂ったように,火山活動ワースト記録を塗り替えていった。
覚え書き・昭和60年
大音響が鹿児島の街を揺るがす。2千メートル,3千メートル,時にはそれ以上の高さまで上りつめた噴煙は,間もなく形を崩し乱れ広がり,日食さながらに暗く天を蔭らす。やがて,ザ,ザ,ザーッとシャワーのように音を立てて灰が降り注ぐ。車はライトをつけ,ワイパーでフロントガラスに積もった灰を払いのけながら,のろのろと走る。人はハンカチで口を押さえ,傘を差し,鞄を頭にのせ,小走りに先を急ぐ。うんざりした表情の中に,濃い疲労感が滲む。
人口約60万人が暮らす県都鹿児島市の夏は,とりわけ暑くて長かった。
やがて季節風の向きが変わり,鹿児島市民が漸く一息つく頃,鹿児島市の対岸大隅半島は受難の冬を迎える。
住民生活は限りない不快感に包まれ,飼料作物は生気を失い,牛の食欲が減り,農作物の被害は計り知れない。
「灰砂漠に募るイライラ」,「マグマの活動衰えず」,「記録ずくめ,障害も続出」など新聞の見出しも大きく,そして多様化し,「異常降灰,緊急レポート」連載企画が紙面を埋めた。
そんな年の12月2日の深夜,耳をつんざく大音響,建物をビリビリ震わす空気振動に鹿児島市民は安らかな眠りを破られた。翌朝の新聞は,爆発の空振による被害について,鹿児島県警察本部で玄関のドアガラスの他窓ガラス15枚,鹿児島市役所で窓ガラス24枚,歴史博物館尚古集成館で窓ガラス70枚が割れたと報道した。体感空振の報告は,県内の他,宮崎市や延岡市からも寄せられている。
新聞紙面には悲鳴が溢れ,ブラウン管からは迫力の映像が流れ続け,昭和60年は桜島に明け火山に暮れた(写真2)。
覚え書き・国際火山会議
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写真 3 国際火山会議(昭和63年7月
於鹿児島市民文化ホール)
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全体テーマを「火山と人との共存」とし,第1分科会「火山を知る」,第2分科会「火山と生きる」,第3分科会「火山を活かす」とで構成された国際火山会議が,鹿児島市民文化ホールで開催されたのは,昭和63年7月のことであった。発表資料や草稿を携えて海外からやって来た研究者は32ヵ国約200人,国内の学者・研究者が300人余り,一般参加を含め計2,300人の人が鹿児島に集まった。60万都市の眼前で火を噴き続ける活火山・桜島の魅力故でもあったろう(写真3)。
厖大な研究発表の中から,覚え書きにメモされた一部を書き留めておきたい。
★「火山噴出物による健康影響」(小泉 明・昭和大学)
今回の結果は,環境測定のデータで最も火山灰曝露濃度の高いと思われる地区で,呼吸器症状有症率の増加がみられず,また,職業的にかなり高度の曝露を受けると考えられる集団でも自覚的,他覚的症状の増加がみられないということを示している。噴火後の風向により,市街に襲来する火山灰は凄まじいものがあり,それによる健康障害が懸念されてきたのは当然である。しかし,慢性呼吸器障害という観点で考えた場合,その持続期間や,火山灰中の吸入性粒子の割合,そして火山灰自身の生物活性などの要素も考慮する必要があり,それらの結果として,直感に反して有意の影響が認められないという結果になったと考えられる。
★「セントヘレンズ山からの火山灰の短期的影響と長期的影響」(オレゴン大学)
多くの火山噴火の後の典型である比較的低レベルの空中火山灰を短期的・長期的に受けた場合の影響は小さい。これらの影響は線維症反応を火山灰が起こす可能性(灰のシリカ含有量)より,粘膜や気道上皮への灰の刺激的影響との関連の方が強いと思われる。にもかかわらず,常識としては,適切な予防手段を講じて,可能な場合には必ず被曝を最小限に抑えるべきである。
★「桜島火山灰の安全性研究」(永田良一・新日本化学)
ビーグル犬を用いた吸入試験では,本条件下では桜島火山灰の超微粒子を大量に吸入させた場合でも,1回6時間程度の吸入であれば気道の閉塞は起こらず,また,吸入による毒性的影響も極めて軽度であることが示唆された。なお,連日吸入した場合の亜急性毒性等は今後の検討課題である。
★「桜島火山灰吸入の呼吸器に及ぼす影響に関する実験的研究」(白川 充・宮崎産業経営大学)
火山灰の呼吸器に対する作用として,病理組織学的に,気管支炎・肺気腫や無気肺・血管変化・粉塵結節等を伴う塵肺症を発生することを実証することができた。
従って,火山灰吸入の有害性について,十分認識することが必要であると共に,これに対する予防対策,或いは解決策を真剣に考えなければならない。
そのためには,火山灰の吸入をできるだけ防止するために,屋外労働に従事する人や,屋外で長時間過ごす機会のある人々では,規格にあった労働安全防具としての防塵マスクや防塵眼鏡を併用することにより,火山灰粉塵曝露から身体を守るべきである。
等々の発表を巡って,熱心な討議が熱っぽく交わされた。
マスコミも連日会議の模様を伝えた。その大要は,あの灰神楽が人間の身体にいいわけはない。降灰が全く無害だと証明されない限り,人体に影響があるものとして早手回しの対策が講じられるべきではないのか。
そんな市民感覚を素直に表現した,健康影響への懸念の声が際立っていたことだけは,記憶に鮮明である。
おわりに
あれから暫し静穏を保っていた桜島が,ここ数年,その動きを活発化させている。地元でよく知られているように,文明・安永・大正・昭和の四大爆発と酷似しているのではないかと指摘,警告を呼びかける声までもある。京都大学など専門学者の間からは,大正爆発級の噴火の予知は今のところないが,一層の警戒が必要との話も聞こえてくる。
地元新聞の「桜島,たまるマグマ」そんな見出しが不気味だ。
画家梅原龍三郎が「天女の置き忘れた島」と賞嘆し,作家司馬遼太郎が「神の焼き上げた陶芸」と絶賛した活火山桜島,願わくば安寧であって欲しいと祈って止まない。

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