中国海南島，広東省開平世界遺産，広州市南方医科大学等視察訪問
| 東区・紫南支部 有馬 榮德 |
2011年12月8日から13日まで日中医学協会主催第3回中国医療事情視察団の 『海南島・広東省医療事情視察』 に1990年からの日中医学協会維持会員の一人として参加し，筆者の過去26回の学術訪中でまだ訪れていない海南島や広東省唯一の世界文化遺産 『開平楼閣と村落』 を視察，各クラスの病院を見学する機会を得ました。さらに私の最大の目的は広州市南方医科大学・前中華人民共和国解放軍第一軍医大学（註：筆者1995年より客員[座]教授。写真5は同大学“学校簡介”より）の名誉教授で老朋友，朴英杰先生の招待もあり，同夫妻や著しく発展した同大学の施設，知人を訪ねることでした。
以下，私の印象を略記します。
1．海南島
私ども戦前派の少年時代に‘大東亜戦争初期’のラジオ放送で，‘昭南島（シンガポール）’とともに「海南島上陸」などよく耳にしましたが，その位置を確認したことはなく，今回がはじめての現地訪問。九州の面積に近い大きい島であり，北回帰線やや南側に位置し，島の北側は亜熱帯，南側は熱帯地域と変化に富み，住みやすい三亜市東洋のハワイ・亜龍湾国家旅游度区假海岸の高級リゾート地など，冬は中国だけでなくロシア，韓国などの避寒族で賑わうとのこと。
1）2011年笹川医学奨学金進修同学会学術交流会
日本財団の助成事業の1つで，中国衛生部，日中医学協会，笹川記念保健協力財団の3者の協力で，実施中の奨学金制度により中国の医学，医療分野の指導者養成を目的とし，1987年の第1期生以降延べ2,100人が日本に1年間留学，帰国した研究者の多くが中国主要大学の学長や病院長，主任教授に就任，更に2人が中国科学アカデミー会員に選ばれるなど，中国の医学・医療分野で中心的な役割を担っています。
2011年12月10日，華南，華東，西南地区の標記交流会が海南省三亜市で開催されました。午前8時頃ホテル1階会場前の庭で参加者全員の記念撮影（写真1）。引き続いて標記留学同窓会員および日本から参加の外科系の発表討論会が午前，午後に分けて行われ，特別講演は同留学生の一人で現中国医科大学（瀋陽市）学長 趙群教授の“Chinese medical education situation and reform in the future.”と日本のがん研究会有明病院メデイカル デイレクター 武藤徹一郎先生の“日本のがん医療”。午後は日本留学4期生から32期生にわたる前記中国3地区の各大学の教授，副教授クラスの外科系各領域の8題の発表・討論があり，最後に出席者全員の投票で最優秀と次席の発表者が選ばれ，表彰されるなど盛会で（写真2），会議のあと同ホテルのきれいな砂浜に面した宴会場で催された夕べの懇親会も印象的でした。
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| 写真 1 日本への医学留学生2011年度同窓会外科学術交流会参加者 於海南島三亜市（筆者2列右5人目） |
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| 写真 2 学術交流会会場風景 （三亜万戴斯度假酒店1階会議室） |
2）海南省人民医院（海口市）三級甲等医院
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| 写真 3 広州医学院第一附属医院問診部入口 |
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| 写真 4 広東省唯一の世界文化遺産楼 （ちょうろう）建築群前で |
中国の病院のランク付けは，三級（特，甲，乙，丙），二級（甲，乙，丙），一級（甲，乙，丙）の順で三級が施設の整った大病院，一級が小さな医院となっており，標記病院はPET-CTなども備えた2,104床，職員数3,620人，手術数年間1万例，敷地面積262,001㎡と広く，20数階建の新病棟のごく一部を見学。このほか広州視察組は広東省人民医院平洲分院300床(三級甲），広州医学院第一附属医院1,300床（三級甲で年間10例ほどの生体肺移植も実施中，写真3）の2ヵ所の病院も視察しました。
2．広東開平楼建築群（華僑が盗賊から財産を防衛するため建てた楼 写真4），立円 (大富豪の造り上げた庭園）見学
日本の旅行案内書でもあまり見ることのない二千余棟にもおよぶ三楼群（錦江里，馬降龍含む）の中の自力村楼群の一部を視察，外敵の盗賊の攻撃に備え，正面には門が無く，3～5階建の各階に同じような住居があり，壁は厚い石やコンクリートで固められ，床にも階下に侵入した賊を撃つための銃口まで開けられた特殊な建築群を観て，1800年代以来この地に居住していた華僑の先祖たちに想いを馳せました。また住居の一角の広場では，丁度大安吉日にあたるとかで，十数組の集団結婚披露の宴が特設の舞台で催されており，着飾った新郎新婦が整列して賑やか。その集団のために用意された日産自動車提供のオープンカー十数台が並ぶ駐車場を通りながら，この平和な時代がいつまでも続くことを祈りました。
この後，国AAAA級観光地，全国重点保存単位となっている1926-36年代の中国系アメリカ人の富豪が造った運河や野鳥小屋がある林などを含む広大な庭園，豪華な洋式邸宅も見学。ふと筆者も石油ショックの1973年までの2年間，文部教官籍でのUCLA（カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校）外科留学中に2回ほど伺った外科主任教授Longmire先生の森の中の大邸宅や，UCLAキャンパスに近く俳優達の邸宅が多いビバリーヒルズの軒並みを思い出したりしました。
3．前解放軍第一軍医大学・現南方医科大学訪問（写真5）と老朋友朴先生の新宿舎（写真6）に1泊
筆者の電子顕微鏡との出会いは鹿児島大学大学院第1期生外科学専攻生として肝，脾，門脈系研究グループの病態生理研究に関与し始めた1959年に遡りますが，特に凍結割断法の走査電子顕微鏡 (SEM）観察法を創案された現在も米子市田中SEM研究所でご活躍中の田中敬一先生（元鳥取大学医学部第2解剖教授，医学部長，写真7）に大変お世話になり，田中先生が主宰されていた医学生物学のための走査電子顕微鏡シンポジウム第9回大会1泊2日を筆者も1980年11月に鹿児島県指宿市の秀水園で主催したこともあります。田中先生の研究室で実験した研究の1つ，マクロファージの細菌貪食中の凍結割断走査電顕像は第45回日本電子顕微鏡学会（1989年，大阪市）の写真コンクールに出した同写真が教科書発行社啓林館編集部員の目に留まり，以来同社が刊行する高校教科書「生物」に筆者のマクロファージ貪食写真が現在まで20年以上掲載されており，改版ごとに贈呈される同教科書を朴先生にも郵送していました（鹿児島県医師会報，平成9年6月号，有馬榮德，“趣味あれこれと記録・画像・夢”）。
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| 写真 5 広州市南方医科大学風景（前中華人民共和国解放軍第一軍医大学） |
電子顕微鏡が取り持つご縁で大学病院で外科が専門だった筆者は1995年，その頃中国の景勝地，烏魯木斉・吐魯番・哈密・柳園・敦煌・陽関，嘉峪関，張家界，武威山，大連近郊，成都・峨眉山などで毎年開催されていた日中電子顕微鏡シンポジウムで日本語・中国語の通訳も務められていた朴先生から第一軍医大学の解剖・組織胚胎学教室の客員教授に招聘され，当時軍医大学だった古い大学の校庭を兵隊さん達の隊列が行進する中，学長室で軍服姿の学長代理から客座教授の招聘状を手渡され，その夜は朴先生の5階建の古いビルの職員住宅（4部屋ほど）の1室に泊めていただき，ご夫妻の歓待を受け，感激したことを想い出します。そのあと，当時出来たばかりの高速道路を軍の車に乗りゲートなどフリーパスでものすごいスピードで走り，広州市内の名所旧跡や，猫，蛇，猿など食べられるものはなんでも生きたまま買える自由市場，それに続く漢方薬の長いお店の列も見学，東隣の深まで足を伸ばしたこともありました。
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| 写真 6 朴先生の住居ビル，20階建の9階東 の9部屋（干物2点の真下） |
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| 写真 7 田中敬一先生の2012年年賀状より ：走査電子顕微鏡写真「さあ飛び出せ，船出だ」 －ゲンノショウコの花粉の80倍拡大写真－ （田中SEM研究所掲載許可済み） |
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| 写真 8 旧軍医大学関係者， 広州軍関係者用広州総医院 （朴先生が最近2ヵ月間入院） |
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| 写真 9 懐かしの電子顕微鏡室で 朴英杰名誉教授と筆者（左） |
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| 写真10 17年前の客員教授時代訪れた 懐かしい電鏡室の一角で朴名誉教授（右） と筆者（左） |
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| 写真11 朴先生の愛弟子 羅深秋教授（前列右） に よる歓迎夕食会，学内食堂大吉玲酒店で |
今回はそれから十数年経っており，大部変わっているだろうとは思っていましたが，その変貌躍進ぶりには驚きました。広州は中国第3の大都市で，輸出は第1位の経済都市でもあります。新幹線も東西に走る既設路線に加え，南に走る新路線が建設中。道路も以前と違って整備拡張され便利になっていますが，時間帯によっては渋滞する区間も多く，高層ビルの増加も他の大都市と変わりません。
今回は事前の朴先生とのE-mailのやりとりで携帯電話の番号を通知しており，まず往路12月8日広州経由海口空港行きでは，広州空港の乗換え時に 『3日後11日の昼前に三亜空港から広州空港に到着予定です』 と携帯電話で予告。同月11日は空港に朴先生が前回同様兵隊さんの運転する大学の車でのお出迎え。久しぶりに高速道路も前回同様左端のフリーパスのゲートをノンストップで走る快適さを味わいました。軍医大学から南方医科大学に名前が変わっただけでなく，外観も内容も全く変わっていて驚きました。私どもの車が正門から入ると，並木でくぎられた構内の通路にはけばけばしい三角旗に“…周年記念…”と書かれた縄のれん様の紐が張り巡らされ，以前の軍服姿は殆ど見当たらず，若い学生男女と民間人の家族連れが行き交っていました。大学も軍と州政府管轄の折衷の形で巨大化しており，古い建物は次第に取り壊されているとのことでしたが，私が以前泊った朴先生の宿舎の古い5階建のビルはまだ残っていました。占有面積176,68万平方米，全日制生徒15,514人，留学生501人，職員数6,079人。ほか直属附属医院6ヵ所5,000余床の巨大医科大学で，このキャンパスだけでも家族など含み数万人が居住しています。今回1泊させていただいた朴先生の新しい宿舎は20階建てのビルの東棟9階にあり（写真6），9部屋ほどの洋風の瀟洒な部屋と見晴らしのいいベランダがあり，朴夫妻のほか，長男ご夫婦（お孫さんは寄宿舎生活，受験勉強もすさまじいとのこと），アベちゃんという白のかわいいワンちゃん1匹の家族。小生は広いベッドルームに。荷をほどく間もなく朴先生のご要望を受け日本で買い集めた，抒情歌のCDやテープを差し出すと早速，客室兼居間の薄型TV画面つきのプレイヤーで再生。日本の懐かしの抒情曲に飢えておられたらしく，その後は曲をかけっぱなし。以前愛用されていた20曲の日本抒情歌集のカセットテープが切断され困っておられたらしいです。
この後兵隊さんの運転で広州市内の見物，特に視察グループのツアーに組み込まれていた中山記念堂は以前拝観していますので道路の車の上から目礼。本隊が本日視察している清平中薬材市場を一部視察。以前より格段に近代的な街並みになっていました。その漢方薬の市場の手前にあった，所謂‘いかもの食い’の生きた動物，蛇，猫，犬，猿，鰐，蜥蜴ほかもろもろの動物が檻に入れられ，あるいは肉が店頭にぶら下がっていた当時有名な広州の“自由市場”はほかの場所に移転したとのことで，多少がっかりしました。
次に昨年夏，朴先生が急性の呼吸障害で2ヵ月ほど入院加療されたという市内の広州軍広州総医院を訪問。同病院は南方医科大学や同附属病院からは大部離れており，前軍医大学関係者や広州の軍関係者の病院で南方医院には朴先生は入院出来ないとのこと。病院内部も見学させていただきましたが，入院する病室の階や設備も階級により決っているとのことでした（写真8）。
南方医科大学で最初に訪れたのはやはり1995年前後にたびたび出入りしていた第一軍医大学初代解剖，組織胚胎学教室主任教授で前電鏡室室長 朴教授のトレードマークともいえる懐かしい電子顕微鏡室でした。部屋の造りや間取りはあまり変わらず，大分きれいになり，整頓されていました（写真9，10）。棚には朴先生が日本の電子顕微鏡や組織学の教科書，専門書をコピーした手書きの表紙で綴じられた冊子が積み重ねられており，朴先生が現役時代に当時の海外の最新の知識を集めるのにいかに苦労されていたか，その真摯な探究心，努力ぶりが窺えました。
次いで生命科学楼の生物学教室，組織胚胎学教室の実験室や学生の実験室に案内され，世代交代が数日と極めて短期間の特殊な小魚を，何万匹も使って遺伝子の変化を観察するための数百個の小水槽棚など見学。最近の中国での基礎医学への力の入れ方に感嘆するとともに，日本の現状，基礎医学教室志望者の低迷ぶりや海外留学生の減少が優慮されます。
夜は前記朴先生の愛弟子で後任教授，羅 深秋教授主催の歓迎夕食会が大学内の“大吉玲酒店”で催され，羅先生はじめお集まりの方々に深く感謝しながら，今回の南方医科大学と朴先生再訪問が食堂の名前のように“大吉”であったことを改めて噛みしめる一夕でした（写真11）。
翌日12月12日は朴先生宅で朝食を早めにすませ，息子さんの車で日中医学協会グループのホテルまで送っていただき，本隊に合流して前記開平世界遺産見学に向かいました。
2011年初頭，朴先生から連絡があり，80歳の誕生祝いに広東州の電子顕微鏡学会でお祝いの集会を開いてくれるので，日本語の祝辞を書いてよこせとのこと。早速朴先生の日中電子顕微鏡セミナーでの業績発表のみでなく，発表会の日中両国語への明晰な通訳で会議をいつもスムースに続けられた功績も記しました。この記念集はなお編集中とのことでしたが，朴先生の人柄や中国の電子顕微鏡学会へのご功績が偲ばれます。
朴ご夫妻からラサ行きのお誘いをうけたのは昨年初頭で，私が十数年前から，日中電子顕微鏡シンポジウムが毎年中国の名山の麓で催される度にラサ行きの願望を漏らしていたためと思われます。当初昨年の日中医学協会伝統医学視察が広州らしいと言われていたのが，瀋陽，長春に決まり，早速ラサ行きは無理とお返事しましたが，朴先生も前記の入院で行かれなくなったということでした。
広州でのお別れの前に，“ぜひ次の機会にラサ行きをご一緒に”と朴ご夫妻に申し上げたのですが，お土産にいただいて持ち帰った大小一対の絵入りのすてきな磁器製の花瓶を眺めながら，朴先生はじめ南方医科大学の皆様方のご厚意を噛みしめている今日このごろです。
遅ればせながら，中国の方々が2011年3月11日東日本大震災・大津波災害時に賜りましたお見舞い・ご援助に対し心からの御礼を申し上げます。
皆様お元気で（2012年1月9日）。
(C)Kagoshima City Medical Association 2012