2011年第３回伝統医学，瀋陽・長春視察と15年ぶりの台湾訪問
| 東区・紫南支部 有馬 榮德 |
私自身，1998年鹿児島大学病院定年退官の3月末から岩手県の民間病院・老健施設などに約3年間副院長・施設長として勤務し，今回の被災地の多くを訪れ，お世話になった土地でもあり，一日も早い復興を祈るのみです。長く大学病院で外科・小児外科の救急診療にも従事し，救急専門医の資格も持ちながら今回は勤務を離れられず，お役に立てなかったことを残念に思います。
そして66年前の私自身の戦争体験，終戦の4日前，1945年8月11日のことを思い出します。
筆者が旧制中学1年，12歳の夏，日曜日の午前10時過ぎ。中間考査で出校しましたが空襲警報のため試験は中止。校舎など清掃中，午前10時過ぎ米軍機が来襲。機銃掃射や焼夷弾の爆撃で瞬時に校舎は全焼。同級生1人を含む15人の生徒が犠牲となり，多数の重軽傷者を出す地獄絵さながらの現場を体験しました。66年前の修羅場が今もなおはっきりと脳裏に刻み込まれています。2011年も8月11日早朝，病院出勤途中に母校の殉難学徒の碑に参詣し，献花，焼香，銘詞を捧げ当時を偲びました。
さらに，私の今回の旧満州主要都市学術ツアー参加は，2010年の南京を含み私個人の6年前の地球一周戦没者慰霊の船旅104日間の戦没者慰霊とお詫びを兼ねた一連の旧戦地巡礼の続編となりました。とくにソ連軍の侵攻時の暴虐にさらされた方々の話は幾度となく聞いており痛恨の極みです。
長春では旧満州国傀儡政権を擁立した我が国の元関東軍の遺跡なども垣間見ることが出来ました。次兄は吉林の化学工業会社の工場長時代，終戦直前に現地で召集され，将校として戦後も部隊の撤収に携わり，家族3人より1年ほど遅れて帰郷。この時点で小学校長を定年退官後，郷里の農村定住中の父と母，七男で中学生の筆者計3人の平穏な我が家は，急に幼い子ども4人を含む9人の満州，北朝鮮からの引揚者で1ダースの大家族となり，農村ながら米がわずかに入った“からいもんネッタクイ（さつまいもの練り混ぜ）ご飯”に“はこべ”などの野草の入った野菜，子どもたちが捕獲した川魚，野鳥も食すという食糧難を体験しました。
旧奉天で会社勤めの五兄は丙種合格ながら同様に終戦直前に召集され転戦中，北朝鮮の山中でコレラに罹患，戦病死。戦後1年目，戦友の方が亡兄の遺髪，爪や肌身離さず持っていた家族4人の写真などを届けていただき，北朝鮮，旧満州，旧ソ連の境界地域の田舎の丘の埋葬地も教えていただきました。家族の誰かが北朝鮮の亡兄の埋葬地をたずね，遺骨のDNA鑑定などで兄の遺骨を確認するまでは，私ども家族の戦争は終っていないといえます。
以下，近況を記します。
1．第3回伝統医学視察－瀋陽・長春2011年8月3日－7日“ストレスとうつに対する中医治療”
一行20人，2010年の第2回，上海・南京ツアー（本誌第49巻第10号，2010年参照）に続き，1986，1988年の中国医科大学招待講演（瀋陽）ほか，1997年錦州医学院肝胆外科客員（座）教授招聘書授与式・記念講演の途次訪れて以来15年ぶりの瀋陽訪問と初めて訪れる長春に期待を膨らませた中国東北地方の学術ツアーとなりました。
瀋陽－長春間の新幹線往復も中国での事故の直後だけにやや不安でしたが，上海－南京往復での最高時速340km/hに比べ，240km/h前後に抑えられており快適でした。
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| 写真 1 長春郊外双陽区， 漢方薬鹿角採取用鹿場で。 前列右2番目筆者。 |
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| 写真 2 長春中医薬大学主催晩餐会場で。 中央筆者。 |
今回の第3回伝統医学ツアーは薬剤師，鍼灸師などの参加者が多く，前回以上に中薬・漢方に関する日本側からの討論，質問も多く，さらに現地の漢方薬などを仕入れて帰る人も多かったようです。
瀋陽で心強く感じたことは，日本人基礎医学者の池島 喬教授が瀋陽薬科大学日中医薬研究所長として頑張っておられ，討論会では「組織老化における細胞の変革戦略について－アポトーシス，オートファジーと（多分）壊死」というスマートな講演に対し，筆者も質問し，『第2回の本セミナーで，上海中医薬科大学附属曙光医院腫瘍科医師発表の“中医葯による悪性腫瘍予防治療の現状と研究の発展”の講演の中で，“蛙の分泌物によるがんの治療”に関する研究報告があり，“日本では「蝦蟇の油」が切り傷に効くという話があるが，中医葯では?”と質問したのに対し，同医師は“蝦蟇の油のがんへの効用”に関する研究がすでにある。後でその論文をE-mailで送ると答えられ，小生のMail Addressも差し上げましたがまだ受け取っていません。先生のご研究ではいかがですか?』と質問しますと，池島教授は 『蝦蟇の油は炎症には効果があることはわかっているが，がんに効果があるとは聞いていない』と答えられました。
長春郊外双陽区の鹿場は餌のトウモロコシ畑の中にあり，もともと犀の角が原料であったのが密猟などによる犀の激減で次第に鹿の角だけになってしまったとのこと。三千余頭飼育されている畑地の一角の飼育場を見学しました（写真1）。その後街の中葯店街へ出かけ，鹿角製剤などの薬店で薬剤師の方々が現地の漢方薬を仕入れる光景もみられました。
長春中医薬大学の広大なキャンパス内の薬草園と境をなす人造湖が，豪雨で氾濫したあとの爪跡も生々しい泥水のあふれた薬園の縁道を通って，大学の接待所「五行宮」で催されるセミナー前夜の薬膳料理の招宴に向いました。同じテーブルの日本語が流暢な同大学副研究所長が，筆者が持参した亡父有馬勇二郎が新中国の創世記に八路軍の軍医として貢献した経歴などを日中両国語で記したプリントを宴会場の共産党支部長はじめ学長，病院長など中国側の出席者にも配布，紹介していただき，小生は亡き親父（養父）のおかげで，皆さんから晴れがましい拍手まで頂戴し，気分良好の酒宴となりました（写真2）。すなわち父は旧満州本渓湖の病院長から，終戦後八路軍に軍医として留用され，遼寧省十軍管区の外科を統括し，戦後7年間解放軍で活躍し，最後の3年間は天津第一軍医大学外科講師として勤務して日本への帰国を許されています（本誌第49巻第8号“幾度か生命の危機に直面して－八路軍軍医留用亡父の遺稿より”）。
2．老朋友，大連市，王興国教授との再会（写真3）
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| 写真 3 老朋友，大連の王興国教授（左）と。 遼寧中医薬大学附属病院隣のレストラン前で。 |
本視察で最も感動的な出会いは瀋陽到着の翌日，8月4日お昼時，遼寧中医薬大学附属病院でのセミナーと病院参観後の病院招待昼食会場前での王教授との15年ぶりの感動的な再会でした。ご子息運転の自家用車ではるばる大連から駆け付けてくださり，ものすごく混雑する同病院玄関前広場から私どもの昼食会場レストランの前まで，携帯電話で連絡を取りつつレストランの女子店員の助けでやっと探し出し，招待昼食会が始まっているレストラン階下の部屋で小休止，10分ほどの再会でした。84歳の王先生は筆者が中国でもっともお世話になった小児外科医の一人であり，NHKドラマ，“坂の上の雲”に出てくる旅順港，忠霊塔（爾霊山祈念塔），203高地近くのロシア軍防御要塞跡・東鶏冠山堡壘などの日露戦争戦跡を，まだ日本人等には開放されていない時期に案内していただいたりしました。老先生は『大連の病院に暗くなる前に戻らねばならぬから』と，また筆者の方も午後の視察団の予定もあり，束の間の再会となりましたが，私にとってはこの旅の中で最も感動したひと時でした。
3．台湾職員旅行寸感
筆者の台湾旅行歴は過去3回，①鹿大病院2外科時代の1974年3月，台北市で開催の第2回アジア小児外科学会議（AAPS）発表，座長。学会後台北市内ほかツアー観光。同病院小児外科時代には②1988年4月，第21回太平洋小児外科学会議 （PAPS）発表，座長。会場：圓山大飯店，学会の合間に鹿児島県立大学医学部教養課程のある工学部の応用化学科同級生で，当時塩野義製薬台湾支店長の園田氏（因みに京セラ名誉会長の稲盛和夫氏も応用化学科の同級生で空手部でもご一緒）に台湾料理招宴など大変お世話になり，学会後のゴルフ，渓谷などのツアーも楽しみました。③1996年8月，第13回アジア小児外科学会議（AAPS），発表，座長。会場：圓山大飯店。学会後のツアーで国立故宮博物院参観ほか周辺視察。
今回は3泊4日の勤務先病院の職員旅行の第2班で一行17人。宮崎空港発着，台湾縦走の新幹線往復で高雄市，台北市視察に絞った旅でした。15年ぶり4回目の私自身の旅の印象を記します。
台湾も今ではお隣の中華人民共和国の大都市に劣らぬ発展ぶり，しかもなんとなく古い戦前の日本を垣間見るような気がしました。街のノッポビル，世界的な高層展望施設，発達した交通システム，例えば，台北―高雄間を時速270km/h，1時間半足らずで走る日本式の新幹線，何回か改築移転して大きく近代化された松山空港など37年前に訪れた時とは全く比べものになりません。街並みも近代化されており，以前はどぶ板を踏んで入ることも多かった繁華街の飲食店も今では全く見当たりませんでした。
1）台北市で最初に参観した衛兵の交代式で有名な忠烈祠は以前とあまり変わりませんが，観客が多いのには驚きました（写真4）。
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| 写真 4 台湾職員旅行第2班のメンバー。前列左端筆者。 |
2）高雄市に来たのは初めてで，高雄の港や街が一望のもとに見下ろせる寿山公園はあいにくの雨でしたが，戦中派の私には高台入口，鳥居脇に今もなお安置されている「大東亜戦争完遂祈願，昭和十六年十二月八日起立」なる記念碑が最も印象に残る風景でした。日本ではとても保存できるはずがなく，高雄の方がより古い日本的な面を残してくれていて少なからず感動いたしました（写真5）。
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| 写真 5 高雄市内寿山公園頂上入口の 「大東亜戦争完遂祈願 ･ 昭和十六年十二月八日起立」記念碑 |
3）国立故宮博物院は2回目で，今回の旅でも私の最も行きたいポイントの1つでしたが，3時間ばかりの台湾人ガイドの日本語説明をイヤホンで聞きながらの閲覧はやや疲れました。さすがに中国の博物，文物の大部分を北京の故宮博物院から移動しているだけに見応えのある展示物が多く，今回の旅のハイライトであったのは間違いありません。近く日本で一部が展示されるという話がありますが，期待して待ちたいと思います。今回は「故宮勝概 新編 日本語版」を一冊購入して持ち帰りました。本当は5万円ほどの大冊の方を買いたかったのですが。
中国本土，北京の故宮博物院も3回，西安の博物館も2回ほど参観していますが，博物館，美術館はこれからも機会ある毎に訪ねたいと思っています。只今は，東京での医学会議などを抜け出して地方では観られない名画，名品，フェルメール展や空海展など，上野の美術館，博物館などで鑑賞するのを楽しみにいたしております。
この原稿を書いている2011年12月8日からはまた日中医学協会主催の第3回医療視察団に参加し，中国海南島で笹川医学奨学金進修生同学会学術交流会議に出席，さらに広州の医療施設参観のため1週間ほど26回目の学術訪中に出掛けます。広州では筆者を1995年，前解放軍第一軍医大学・現南方医科大学の客員（座）教授に招聘していただいた朴英杰教授ご夫妻に半日と一夜お世話になり，同大学も訪問することになっています。
皆様のご健勝，ご多幸を祈念いたします。
(C)Kagoshima City Medical Association 2012