| === 新春随筆 === アン・J・デービス博士をお迎えして |
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| 平成23年度日本学術振興会外国人招へい研究者(短期)が採択され,平成23年10月1日から31日までの1ヵ月間,カリフォルニア大学サンフランシスコ校名誉教授のアン・J・デービス博士を鹿児島大学医学部保健学科にお迎えした。 デービス博士は,「世界の看護倫理の母」と称され,看護倫理の世界的第一人者である。過去半世紀にわたり,社会的弱者として末期患者,高齢者,囚人,途上国の女性,社会的弱者としての看護師等をめぐる倫理的課題に特に関心をおいて,教育・研究および社会的提言を行っている。これらの研究活動は50年にわたっており,臨床,文化,社会的次元で探求している。研究トピックスは,病名・予後等の情報を患者に知らせる問題,インフォームドコンセント,終末期ケアにおける倫理的問題の概念,非西欧諸国に対する西洋の倫理・価値観の影響とその倫理性,人間の価値と倫理とのかかわり,医療倫理における文化全体主義と文化相対主義などにわたっている。またデービス博士は,平成7年から6年間にわたり長野県看護大学で教授をしていたこともあり,かねてから日本の看護の発展に尽くしてこられた。その成果が認められ,平成22年には,日本の看護分野の人材育成および看護学の質の向上に寄与したとして,秋の叙勲 「旭日中綬章」を受章されている。 今回,日本学術振興会の外国人招へい事業に申請をした学内研究グループ(著者,吉田愛知教授,松成裕子教授,吉留厚子教授,山下早苗講師)は,離島・へき地の医療を焦点にした倫理的課題をテーマとした研究を行っている。本土との往来が困難な隔絶性の高い外海遠洋離島の島民は,最期を迎えるために島を離れなければならない。島民の生活の本質を支え,よりよく生きる権利を守るためには,限られた医療資源の中においても,終末期医療や在宅医療,訪問看護などを充実させていくことが急務である。そのためには,無医島に常駐する唯一の医療従事者である看護師の力を最大限に引き出すことが重要であり,それを可能にする教育・研修システムの開発を目的としている。デービス博士は,ハスティング(hasting)社会,倫理,生命科学研究所より優秀研究者賞,米国生命倫理とヒューマニティ学会より終身功績賞,米国法律医学倫理学会より優秀功労賞,米国看護協会より第一回人権賞,国際看護倫理センター (英国)より終身功績賞,「2006年 人権:女性囚とその健康」でロックフェラー財団Bellagio Studyを受賞した経歴があり,倫理的課題をテーマとした研究を数多く行っている。学内研究グループが行っている研究は,まさしく離島住民をめぐる倫理的課題を切り口として看護師の役割を検討するものであり,デービス博士の研究テーマと共通する部分である。今回の招へいは,学内研究グループの研究とデービス博士の業績が認められ,実現したものである。 デービス博士の招へい中の活動は,主に以下の3点であった。 1.看護教員研究者との共同研究,討議と研究指導
「無医島に駐在する看護師の看護継続教育支援システムの開発」について,学内研究者グループとデービス博士とともに対象者の選定,研究方法論について討議を行い,助言をいただいた。また,ルーラルナーシングの専門家であるカナダのサスカチュワン大学看護学部教授のNorma J. Stewart博士ともメールを活用し現状について意見交換を行った。 デービス博士の研究経験に基づく知見の奥深さと広がりのある助言は,今回の研究課題においても活かされ,これにより,他文化の視座から日本の伝統的慣習と倫理的価値について改めて見直し,視野を広げる結果となった。デービス博士滞在中には実際の調査は行うことができなかったが,住民がどのようなニーズを持っているかに焦点を当てた調査方法や,住民の倫理的側面への配慮について助言をいただき,今後の調査・研究につながるものとなった。 また,他の看護教員,大学院生,国費留学研究生においては,それぞれの研究課題についてデービス博士と意見交換を行った。各教員,大学院生,研究生は,この過程でそれぞれの研究に対し,デービス博士の豊富な研究蓄積を踏まえた具体的な助言・指導を受け,研究デザインの選定や結果の解釈を行う上で大きな知見を得,研究を遂行する上で役立つものとなった。 2.国際フォーラムでの講演 平成23年10月22日に,鹿児島県内外の看護職者・医療者を対象に,鹿児島大学医学部鶴陵会館にて第2回かごしま国際看護フォーラム「看護倫理−患者のためのよりよいケアをめざして−」を鹿児島大学病院との共催で開催した。日本においては,倫理への関心は最近急速に高まっているが,看護師の多くは,倫理とは何か?何故重要か?倫理的に考えるとはどういうことか?などの理解がまだ十分とはいえず,看護専門職としての倫理の理解が曖昧であるのが現状である。その点を踏まえ,デービス博士には「倫理的感受性をどう高めるか」をテーマに講演していただいた(写真1,2)。講演の後,日常的な看護業務の中で避けて通ることのできない看護や医療の倫理的課題をめぐって,会場から様々な質問や意見が出され,活発な討論が行われた(写真3)。 フォーラムには,医療施設で実務に従事している看護職,看護師養成機関の教員,看護学生など,県内はもとより,遠くは長野,東京などから約230人の参加があった。また,倫理問題への関心の高さからか,南日本新聞社の取材もあり報道された(図1)。詳細は,本学ホームページにも掲載されている。 http://www.kagoshima-u.ac.jp/topics/2011/11/post-154.html 3.学部および大学院教育の支援 「看護倫理」,「看護教育学」,「看護学原論」,「小児看護学概論」の科目において,授業の一部をデービス博士に担当してもらった。また,大学院生と教員を対象とした国際セミナーを2回開催し,講演をお願いした。授業は学内外の教員・研究者・大学院生にも公開した。教員は,知識の学びに加え,教育の手法や戦略,学生との対話のあり方等について多くの示唆を得る機会となった。また学生は,教授された内容から多くの知見を得ることはもとより,英語で授業を受けることにより,海外に目と耳を開く機会にもなった。さらに,海外の状況を知ることにより,日本の看護実践や教育についても考察が深まり,大変よい経験になったと考える。国際セミナーの詳細は,本学ホームページに掲載されている。 1ヵ月という短期間であったが,デービス博士にはフルに講義・講演・指導と大きく貢献していただいた。たくさんの教員,学生がデービス博士の部屋を訪れ,研究指導・助言をいただいた。中には,実習場で実際に経験した倫理的ジレンマを打ち明ける学生もおり,涙ながらに自分の経験を話し,デービス博士に助言をもらうことで,1年間思い悩んでいた問題が解決したと喜んでいた。地域看護職を対象としたフォーラムにおいては,活発な意見交換がなされ,鹿児島の地で国際フォーラムを開催したことに対する感謝のメールも学外から何通か受け取った。 デービス博士の実質的な活動は,鹿児島の看護に多大な貢献をもたらしたと考える。平成24年の3月には学内研究グループと若手教員数人がカリフォリニア大学サンフランシスコ校を訪問し,研究打ち合わせを行うとともに,学生交流についても検討する予定である。是非今後もデービス博士および大学間の交流を続けていきたいと考えている。
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