| リレー随筆 |
釣 り 三 昧 ？
| 西区・武岡支部 （村岡内科） 村岡 敏宏 |
小学校の高学年になると父が釣り好きだったのもあって，家族でよく防波堤にアジ釣りに出かけた。「サビキ仕掛け」という，餌をつけない疑似針（サバの皮やビニールなどで針に飾りをつけて餌に見せる針）が6本から8本ついた仕掛けで釣るのだが，多いときにはすべての針にアジがかかるぐらいよく釣れた。家族で釣るからあっという間に200尾ぐらい釣れてしまい（途中で釣るのをやめればいいのだが，人間はやはり欲深いのだと思う），持って帰ったはいいが後の始末に母や祖母が苦労していたのを思い出す。
それからしばらくはアジ釣りが続いたが，飽きたのとあまり釣れなくなったのとでいつの間にか家族で釣りに行くことはなくなった。父は相変わらず釣りを続けていたが，私たち兄弟は成長し，他に趣味ができたり友達付き合いがあったりで，父に付き合うことはなくなった。
それでも父は時々，私を釣りに無理やり付き合わせることがあった。その頃父は磯や防波堤に「クロ（メジナ）」や「チヌ（黒鯛）」を釣りに行くことが多かったため，結構遠くまで出かけ，しかも時間ばかり過ぎるが1尾も釣れないこと（釣り用語では「ぼうず」という。お坊さんの頭に毛が一本もないことから来ているらしい）も多く，あまり釣りに乗り気でない私は付き合うのが辛かった。「明日はテストだから」とか，「勉強しないといけないから」とか言い訳して同行をどうにか断ろうとする私に，父はその後 「勉強しなさい」とは言わなくなった（そこまでして釣りに付き合わせたかったのだろうか？今考えると，付き合わずにかわいそうだったかも知れない）。
高校，大学に進学すると釣りには全く行かなくなった。というよりは「釣り」という言葉が私の頭から消えていた。医師になり勤務し始めても同様だった。宮崎の串間や沖縄という釣りに絶好の出張先でも，「釣り」という言葉は思い浮かばなかった。その頃はゴルフを始めたり，大学時代にやっていたラグビーを社会人チームで再度始めたりして，休日も何かと忙しく過ごしていた。
平成6年に父が他界し，跡を継ぐため実家に帰った。その頃の患者さんで釣り好きな方がいて，誘われて再び釣りに出かけるようになった。釣りも渓流や池での釣り，海であれば防波堤や磯や船での釣りなど，その釣り場や釣り方はさまざまだが，私が教えてもらったのは海での船釣りだった。
南さつま市の笠沙町に野間池という漁港がある。そこから遊漁船で朝早く出港し釣り場に向かう。初めて漁船に乗った時に，昔から乗り物酔いする私は酔い止めの薬を極量の倍飲んで行った。幸いに船酔いは軽くで済んだが，ふらふらで釣りにならなかった。それからは酔い止めの薬はあまり多く飲んで行かないようにしたが，おかげでしばらくは船酔いに苦しめられた。
もう船釣りはやめようかとも思ったが，何回目かの釣行の時に船酔いしかけている私の竿に大きな当たりがあった。何十分かのやりとりの後，上がって来たのは大きな真鯛だった。何十メートルもある細い糸の先の小さな針に食いついた魚とのやり取りがこんなに楽しく興奮するものだと，その時初めて知った。魚が餌に食いついたときのまるで竿が海面に突き刺さるかのような当たり，釣り針から逃れようとするときの竿を弓のようにしめ込む強い引き，「針から外れてしまわないか，糸が切れてしまわないか」と少しずつリールを巻くときの不安と緊張，魚が海面に現れたときの喜びと興奮，魚を船に取り込んだ後の安堵と虚脱感。他のスポーツで味わった感覚とは，また異質のものだった。
釣りは狩りなのだと思う。大きな猛獣を狩るのではないが，「釣竿とリール」という銃で「釣り糸と針」という弾丸を使って獲物を仕留める。太古から人間にある狩猟本能を，釣りもまた刺激するのだと思う。
それからは，休日はどうしても外せない用事がある時以外はできるだけ釣りに行きたいと思うようになった。しばらくは野間池や長島などまで足を伸ばして釣りに行くこともあったが，行き帰りの時間がかかるのでなかなか行けなくなった。そのため数年前からは錦江湾での船釣りをすることが多くなった。考えてみれば，鹿児島は海釣りをするには日本でも最も優れた所である。外側を太平洋と東シナ海に囲まれ，おまけに錦江湾という内海もある。時間があれば外海に釣りに行き，なければ錦江湾で手軽に釣りを楽しむことができる。
とは言っても，釣行を予定した時に限って天候が崩れたり急な仕事が入ったりで，現在も年間20回ぐらい行くのがやっとである。釣行の前日は明日の釣果（もちろん大漁を）を思い描いて釣具や仕掛けを準備するのだが，急に中止になってしまうと落胆が大きい。特に冬場は海が時化ることが多いので，前日の夕方あたりに中止の連絡がある。そういう時はがっかりしてばかりでは仕方ないので，次回の釣行に備えて釣具屋に行くことが多くなってきた。
最近の釣具は釣りのスタイルや魚種に合わせて非常に多種類揃っている。各メーカーが魚種ごとに専用の竿・リールまで開発しており，しかも初級者向けから上級者向けまで揃っている。釣りを始めた頃は道具にはあまりこだわることはなかった。しかし，最近は店頭に並んでいるさまざまな釣具やカタログを見たりすると，ついつい衝動買いしてしまう。釣行にはあまり行けないのだから必要な釣具は限られているはずなのに，いつの間にか道具ばかり増えて自宅の玄関には竿が並び，クローゼットはリールや仕掛けでいっぱいになってきた。おまけにまだ実際に使用していない道具もある。最近は釣行の予定がなくても，時々竿やリールを触りながらニヤニヤしている（私は気がつかないが，とても嬉しそうに撫で回しているらしい）。
辞書によると「三昧」とは仏語（仏教やヒンドゥー教の）で，「心を一つの対象に集中して動揺しない状態」を意味するらしい。さしずめ今の私は「釣り三昧」ではなく，「釣り具三昧」なのかもしれない。
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