=== 新春随筆 ===

トランプの時間



鹿児島県言語聴覚士会 副会長
(医療法人慈恵会 介護老人保健施設城西ナーシングホーム)

                           染川真喜代
 昼食後の歯みがきを済ませて,利用者の皆さんがリハ室に下りてきました。デイケアの午後からの時間が始まります。私はトランプとバスタオルをリハ室のテーブルの上に置きます。キティちゃんのかわいいイラストの入ったピンクのバスタオルをテーブルに広げると,トランプの時間の始まりです。バスタオルは,トランプのカードを取りやすくするためのマット代わりです。もともとは,失語症の方の言語訓練の一つとして始めたトランプですが,次第に失語症以外の方も参加されるようになり,人数が揃ったらババ抜きをしています。「頭の体操になる」,「若い頃にやったことがあるから懐かしい」,「手のリハビリになる」,「面白そうだから」,「ひまだから」と参加される理由はさまざまです。直接参加しなくても,たまたま近くに座って見ている方々は,『監督』,『審判』,『応援団』です。
 失語症になると,言葉を話すことや物の名前を思い出すこと,文字や文章を書くことが難しくなります。また,言葉を聞いて理解することや,文章を読んで理解することも難しくなります。しかし,発症前に慣れ親しんでいた囲碁や将棋,トランプなど直接言葉を介さなくてもできるゲーム的なことや,絵を描くこと,歌を歌うことは楽しめる方が多いのです。ちょうど,言葉がわからない外国で生活しているような感じだそうです。言葉が不自由になると,人との交流が少なくなり孤立しがちですが,ゲームの最中は自然と笑顔や言葉が出てきて,言語障害がない方とも対等に楽しめます。何より,みんなと一緒の時間を共有することが,一番のコミュニケーションになります。
 さて,ババ抜きの開始です。カードを配って,各自手持ちのカードを合わせたら,失語症のある方もない方もみんなで大きな声で「最初はグー,ジャンケンポン!」。相手にババを引かせようと,かけ引きが始まります。「ござりません」と上品に淡々と言われる方,固い表情をしているので,面白くないのかな?とこちらが心配していると,相手がババを引いたとたんにニンマリされる方,一人一人の個性が出ます。そして,勝敗はというと,大抵は私がビリです。先日は,3回勝負して3回ビリでした。わざと負けているのではないかとよく言われますが,私が弱いというよりは,利用者の方々がとにかく強い。見事なまでに,ババを引かない。結果的にババは私の手元に残ってしまうのです。
 『監督』のお一人に尋ねてみました。「どうして私は負けるんでしょう?」,「勝とうとするからよ」。『応援団員』に「○○さんが応援してくれなかったから負けました」と言うと,「人に頼りなさんな」。ギャラリーの皆さんもなかなか厳しいです。でも,最下位決定戦で私に競り勝った利用者の満面の笑みを見ていると,「負けるのもそんなに悪くないかな」と思ってしまいます。そして,こんなに負けることができるのは,一種の才能か,あるいは職業病に違いない,と思っているところです。




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