新年明けましておめでとうございます。皆様には,すがすがしい初春をお迎えのことと心からお慶び申し上げます。
平成22年の介護保険に関する大きな話題のひとつが,介護療養病床についてでした。平成24年3月末までで廃止とされていた介護療養病床について,当時の長妻厚生労働大臣が廃止の凍結を表明いたしました。介護療養病床の廃止は,平成18年6月の「健康保険法の一部を改正する法律」の中で介護保険法が改正され,廃止の時期が定められました。このため,廃止を凍結するには法律改正が必要だと聞いています。法律に詳しくないので良く解らないのですが,今回の通常国会に改正法案が提出されるとのことですので,この文章が皆様の目に触れる頃には提出されているかもしれません。
介護療養病床の廃止の時に「医療法施行規則」も平成18年7月に改正されています。病院の人員の配置数で,看護師についてはこれまで6対1とされていたのですが,この改正で4対1とされ,附則で療養病床については平成24年3月まで6対1でよい(つまり平成24年4月からは療養病床であっても4対1)となっています。このことから,介護療養病床の廃止を凍結するには医療法施行規則の改正も必要です。
いきなり余談になり恐縮ですが,医療法施行規則で平成24年4月からは療養病床においても4対1ということは,医療療養病床の入院料2の25対1が,このままでは施行規則違反になり廃止される可能性があるということです。介護療養病床廃止の凍結の法律改正で6対1が継続されれば,医療療養病床の25対1は継続できることになります。
さて,介護療養病床廃止の凍結はできれば廃止の撤回が望ましいのですが,聞くところによると,介護保険の財政事情が厳しいために介護療養病床の永続は困難であり,期間限定的になるとのことです。
介護保険の財源は,国25%,都道府県12.5%,市町村12.5%,1号被保険者・2号被保険者50%となっていますが,介護費用の増加(図「総費用の伸び」を参照)により年々被保険者の保険料も上昇し,第1号被保険者の保険料は全国平均で第1期の2,911円から第4期には4,160円になっています(図「1号保険料」を参照)。ちなみに,鹿児島県で一番保険料が高いのは奄美市で5,100円,一番低いのは三島村で2,750円です。
高齢化の進展で,これからも介護給付費は増加すると見込まれており,社会保障国民会議が行った2025年のシミュレーションでは,介護保険給付費と利用者負担を合わせた総費用は現在のサービスの利用状況が続いた場合で19兆円,サービスの充実強化を図れば24兆円に達するとされています。この場合,財源構成が現在のままであれば,保険料は現在の2.5〜3.1倍になります。保険料が高くなり,高齢者が負担に耐え切れなくなり,介護保険制度の持続性が保てなくなる前に財源の在り方や負担の在り方について国民的合意が形成されるべきです。
「保険」の一般的な姿は,民間の生命保険や損害保険を見れば分かるとおり,事故にあった時に支払った保険料より多額の保険金を受け取る人々がいる一方,何の事故もなく保険料を支払うだけで,保険金を受けとらない人々が存在します。このことにより事故の発生率等を勘案して保険料が決められ,収支バランスをとっています。介護保険の場合は,40歳以上は保険料を支払い,介護給付を受ける1号被保険者(介護給付を受けない達者な1号被保険者も多数いらっしゃいます)と,介護給付を受けない2号被保険者がいるため,「保険」の形にはなっていますが,2号被保険者もやがて高齢者となり介護保険の給付を受けることになりますので,結果として,ほとんどの方が介護給付を受けることになり(民間の保険で言えば,ほぼ全員が保険料を受け取ることになる)ますので,介護保険制度は持続性を保つために,保険金以外の資金の投入=公費負担により収支バランスを取らざるを得ない仕組みと言えます。
介護保険は,基本にこのような課題を有していますが,財源確保の問題は,サービス水準の低下や給付を受けられる方々の制限を設けることなく,かつ被保険者の負担に限界があることを踏まえると,自然に公費の割合を増やす議論になると思っていました。また,思い切って保険者を都道府県または国として保険料の平準化を図る方法なども出てきそうな議論だと思っていたのですが,厚生労働省は,2012年の介護保険制度改正で,高額所得者について利用者の自己負担(現行1割)の引き上げ,ケアプラン作成に自己負担を求める,補足給付の決定の厳格化,多床室の入所者への室料負担,軽度者の利用者負担の引き上げ,介護予防サービスの縮小,公費負担割合を6割にする,被用者保険の保険者負担を加入者の総報酬額による,2号被保険者の範囲を拡大するなど利用者の負担の増加を今後の対策の論点として出してきました。10月28日の社会保障審議会介護保険部会で提示されています(資料1を参照)。
公費負担を6割にするということ以外は,全体的に収入を増やして支出を減らすという方法であり,現在の介護保険制度の枠組みの中でどうにかしようとする考えです。
しかしながら,今の財政事情では,市町村・都道府県・国の負担割合を上げることは難しそうですし,本気で議論すれば,市町村民税,都道府県民税,消費税などの増税もセットで議論されなければならないので,厚生労働省が本気で公費負担を6割にしようと考えている様には思えません。他の補足給付の決定の厳格化,多床室の入所者への室料負担なども利用者の負担が重くなりますので抵抗が予測されます。
また,介護予防サービスの縮小については,介護予防サービスを受給している利用者が実人数で全体の利用者のうち29.6%を占めており,サービスを利用されている方々へ大きな影響があるばかりでなく,介護保険事業所の死活問題になります(資料2を参照)。
結局,高額所得者の自己負担の引き上げとケアプラン作成の自己負担導入(対象者が平成21年度で3,669,200人もいます)が比較的に抵抗が少ないと読んでいるようで,これを落とし所と考えているのではないでしょうか。しかしながら,これも利用者の負担を増やすこと,それに伴う利用の自粛を引き起こしますので,厚生労働省が思うほど抵抗が少ないはずはありませんし,実際,10月28日の介護保険部会では,ケアプランの自己負担導入については,「利用者負担の安易な導入は介護保険の自立支援の理念を著しく損ない,介護保険制度の魂を抜くに等しい」など,ほとんどの委員から反対意見が上がったと聞いています。また,高齢者への応能負担についても異論が出たと聞いています。
そもそも介護保険制度は,日本でやっと大きな数値を出せる福祉分野の制度にしようとして生まれた経緯もあります。年金,医療の分野は戦後当初から社会保険制度によって財源を確保する仕組みで設定され,時の流れと共に大きくなっていきましたが,社会福祉は,戦前は貧民救済や失業給付という現金給付を中心としており,財源は租税でした。戦後は,現金給付からサービス給付に比重が変化していきましたが,それでも財源は租税でした。このため,日本における福祉分野の比率は低くなっていました(福祉分野の対国民所得比1993年 日本1.6%,アメリカ3.5%,イギリス9.1%,ドイツ10.3%,フランス10.2%,スウェーデン23.3%など)。
このような場合,理屈で言えば,政策的には社会保障給付費の対国民所得比を上げるために,国の歳出予算では社会保障費と他の歳出とのバランスを変える政策転換を行うということになるのですが,実際は,社会保障費の歳出に対する割合は変えられず,医療,福祉の割合が社会保障費の中で変えられました。つまり,これまで医療が担ってきた「介護」の部分を切り離して介護保険制度を設け,福祉分野としての移し替えが行われました。この結果と国民所得の伸びを上回って社会保障給付費が伸びたことにより,2007年には,日本の福祉分野の対国民所得比は3.8%になっています。
社会保障給付費を実数でみると2007年は91兆4,305億円で,ここ15年間で倍増していますが,このことが公費負担の重荷になり財源問題が取りざたされることにもなっています。もちろん,政府全体が何をするにしても財源不足で,介護保険を含む福祉分野の伸びはこれまでより一層厳しくなると予測せざるを得ません。
政府は「事業仕分け」なども行っているのですが,平成22年6月に「ペイアズユーゴー(歳出増または歳入減を伴う施策を行う際は,それに見合う財源を確保する)の原則」を閣議決定し,社会保障もこの考えで進めようとしています。このことに関しても社会保障にこの原則を適用することに反対の意見が上がっていますが,財源問題だけでなく,一方で,2025年を見据えた「地域包括ケアシステム研究会報告書」が発表され,超高齢化社会における介護制度の在り方を提言しています。この報告書は,福祉施設も「自宅」と同様のものとし,在宅での支援を構想しています。
このように介護保険について多様な角度からの議論が始まっています。特に本年は来年の診療報酬・介護報酬同時改定に向けて,財源問題,療養病床,施設類型,高齢者の住まい,認知症への対応,介護職の医行為など様々な分野で多様な議論が集中して行われます。我々にとって今後が決する重要な年であると思います。
これまで思いつくままに書いてまいりました。
最後になりましたが,皆様の今後ますますの御健勝をお祈り申しあげまして筆を置かせていただきます。

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