「猫に小判か?」二章に亘って、新しいオーディオシステムDS(Digital Stream)についてご紹介してきたが、後章で述べた最先端のスピーカーKlimax 350Aを入手し稼働したので、もう一度終章として綴り、小生のDS・オーディオ体験の手記を終わりにしようと思う。
通常のオーディオシステムはCD、レコード等の音源をプレーヤー・プリアンプ・パワーアンプ(これ等が一体となっている機器も多い)で大きな電気信号としてスピーカーに送るが、マルチウェイ・スピーカーではその前に周波数分割(クロスオーバー・ネットワーク) を行い、高・中・低周波数のそれぞれのスピーカーに分けられる。電気信号はスピーカーのムービングコイルを駆動して音になるが、先ず周波数分割で抵抗、コンデンサー、コイルを通る時パワーの減衰と位相のずれが起こるし、電気信号→音波の変換で20〜50%のロスがあるという。
このロスと歪みを無くするため古来色々と研究されてきた。アクティーブ・スピーカーというのはスピーカーにパワーアンプが直結されたもので、パソコンやTVに付いている小型のものはあるが、マルチウェイ・スピーカーシステムで各スピーカーに個別のパワーアンプを付けるとなると、膨大な筐体を要し、熱・ノイズも問題になる。
Linnはスイッチング電源という小型でノイズも熱も殆ど無いパワーアンプを開発していたが、そのアンプを使ったフルアクティーブ・スピーカーは片側7個のスピーカーに各々のパワーアンプが付いているのに、筐体は家庭の部屋に置くのに支障が無い程度の大きさで、勿論ノイズも熱も無い。従来のスピーカーでは、オーディオマニアたちがスピーカーコードに神経を使い、数万円、数十万円/メーターのものもあると聞くが、プリアンプからスピーカーに行くコードは右・左1本ずつだけで、高価なものは必要ない(他に電源コードが1本ずつある)。周波数分割もプリアンプからの信号を電子処理で行うので減衰も歪みも殆ど無いという。
若いころから理想と思っていたスピーカーの出現ではあるが、高価だし、小生の聴覚並びに寿命の有限性を考えると、躊躇すること2ヶ月余りであったが、折角の優秀なDSプレーヤーのスーペリオリティーを発揮させたいという欲望が強く、とうとう病膏肓に入ることになった。
ハイエンドのオーディオセットが稼働したが、家内は余り評価せず、前のセットの方が良かったというし、小生も疑問に思う点があり思い悩んでいたが、間もなく左の耳に異変が起こり難聴となりショックであった。耳鼻科で診て頂いたら低音障害型感音難聴との診断で投薬された。幸い回復し殆ど正常に聴こえるようになったが、矢張りオーディオの性能は不満足なものであった。小生なりに分析したところ、プリアンプに問題があるようなので、Linn Japanに1台しかないデモ用の新型のプリアンプを送ってもらってテストしたところ、見違えるように良くなった。
スコットランドから部品が来るのを待って、プリアンプと共にDSプレーヤーも東京に送ったが、プリアンプのオーディオボードを取り換え、プリアンプとプレーヤー両者ともグレードアップしたパワーアンプに更新して帰ってきた。新しいパワーアンプDynamikは新しいスピーカーには既に付いていたので、プレーヤー、プリアンプ全てDynamikというパワーアンプになり、パワーのレスポンスが素晴らしく向上した。
現在この最先端のスピーカーは最高の音を演出してくれているが、シンフォニー、ソロのヴァイオリン・ピアノ、或いは、ヴォーカル、何れも何時までも聴いていたい気持ちにさせてくれる。これが良いオーディオシステムの条件だと思うが、素晴らしいコンサートを聴くときも、終わるのが惜しいと思うのと同じ感性ではないだろうか。
Linn Japanが新しいNAS(音源を保存するネットワーク・ハードディスク)にStudio Master(192及び96kHz, 24bit)の音源を入れたものをサービスで送ってくれたので、他の音源(大部分はCDからのリッピングで、他にLinn Recordからダウンロードした192kHz, 24bitのもの)もこれに入れて楽しんでいる。
ベルリオーズの幻想交響曲は最も好きな交響曲の一つであるが、前の章でミュンシュ指揮ボストン交響楽団、カラヤン指揮ベルリンフィル、ラトル指揮ベルリンフィル、これ等3演奏を聴き比べて楽しんでいることを書いたが、ミュンシュがパリ管弦楽団を指揮したCDが最近手に入ったので早速聴いてみた。
パリ音楽院管弦楽団が発展的に解散し、フランスが国家の威信をかけて(ベルリンフィルに対抗し)、新しくパリ管弦楽団を1967年に設立したが、1962年にボストン交響楽団を引退し、客員指揮者として自由に過ごしていたシャルル・ミュンシュが(当然の如く)初代音楽監督に迎えられた。そのオープニング・コンサートで演奏された幻想交響曲の実況録音がこのCDに収められているが、この時のコンサートは大変な評判で、フランス演奏史上屈指の名演と讃えられたそうだ。
ミュンシュが指揮するパリ管弦楽団の演奏は、フランス国民の期待に応え、喜びに溢れ、全霊を傾けたもので、当日のシャンゼリゼ劇場の熱狂が伝わってくるような気がする。唯、1954年ミュンシュがボストン交響楽団を指揮した幻想交響曲は、「パリ」の13年前(RCAがステレオ録音を始めた1954年)に録音したものであるが、「ボストン」のダイナミックな演奏の方がもっと感銘深い。
ヤッシャ・ハイフェッツがミュンシュ指揮・ボストン交響楽団と協演したベートーベン・ヴァイオリン協奏曲はRCAがステレオ録音を始めた次の年、1955年に収録されたものであると前に述べたが、古今東西のクラシック音楽の中でこのCDはThe Bestと小生は思っていた。ハイフェッツがそのベートーベン・ヴァイオリン協奏曲をトスカニーニの指揮でNBC交響楽団と協演したCDを持っていたので、このオーディオシステムで聴いてみた。1940年の録音は勿論未だモノラルで、SPから録っているので針音やノイズもあり、オーケストラは今一であるが、ヴァイオリンの音は良く再生される。「ボストン」の15年前、ハイフェッツも39歳の時のもので、言葉に言い表せない名演奏である。ヴァイオリンを弾いているというよりは、ヴァイオリンが歌っている。このCDのライナーノートに宇野功芳氏が「第2楽章は高雅で、その美しさはほとんど非人間的である」と書いているが、将に神業ともいえる演奏に感激した。
歴史に残る名演奏を、然も新しいものから、70年、55年も前のものまで、居乍らにして生演奏に近い音質で聴くことが出来るのは、最高の幸せであり、これだけリアルに再生できるオーディオシステムは無駄な投資では無かったと思っている。

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