「 こ と ば 」が 聞 こ え な い
| 西区・武岡支部 濵田 良二郎 |
それが「ソフトバンク」、「ソフトバンク」、「ソフトバンク」と聞こえる。
てっきりそう思っていた。
しかし、民放のコマーシャルではあるまいし、なんで「ソフトバンク」なのだろうと気になって、NHKに尋ねると、あれは「ソフトバンク」とは言ってません。「ことば」、「ことば」、「ことば」、「おじさん」と言っています、という。
職場の若者に、確かめてもらうと、「ことば」、「ことば」と言っていますよ、「ソフトバンク」とは言っていません。なんであれが「ソフトバンク」に聞こえるのですかという。
そう言われて、改めて、音量を上げて聞くと、そういえば「ことば」、「ことば」と言っているように聞こえる。あくまでもそういえばで、後日聞くと、やっぱり、「ソフトバンク」、「ソフトバンク」と聞こえる。
実は、その前からテレビドラマの会話が聞き取れないのが気になってはいた。しかし、それは、背景のミュージックの音が大きすぎる、テレビ局は何で会話が聞き取れないような邪魔な音楽を入れるのだ、何を考えているのだ、そう思っていた。
その頃、あの人とは話がうまく通じない、あの人はどうも聞こえていない、と他人様の難聴は気にしていたのだが、自分が難聴という自覚は全くなかった。
それが、この「ソフトバンク」の一件で一気に崩壊、自らの難聴を自覚することになった。
テレビドラマの会話が聞き取れない、サスペンスドラマの細かい筋が分からない。これは全て自分の難聴のせいだったのかと消沈であった。
それ以来、難聴が急速に進んだ。そう感じた。
音は聞こえる、何か言っているのは分かるのだが、その内容が聞き取れない。
会議で発言が聞き取れない。自覚する前までは、彼は声が小さいからと勝手に他人のせいにしてきた。
講演の内容が分からない。講師の声が聞き取れない。それもそれまではマイクの性能が悪いのだと思っていた。
補聴器を使っている知友に尋ねて見ると、そうだよ、音はするが内容が分からない、始めは誰でもそうだよという。
しかし、それにしても、どうして、「ことば」が「ソフトバンク」と聞こえるのだろうか。
テーマ音楽の「ことば」には抑揚があって、「ことば」、「ことば」と尻上がり、難聴で「ことば」の一語一語が区別できず、全体を音として感知し、その抑揚からこれまでの記憶にある「ソフトバンク」に勝手に転換してしまったのでもあろうか。
それから、難聴をしっかりと自覚するようになった。
内輪の会議は聞き直せるからまだいいのだが、他所様が加わっての会議はそうはいかない。
過日、座長をさせられた時、演者の話がうまく聞き取れない。発表内容は抄録があるからまだ良いのだが、フロアからの発言が良く分からない。手を挙げた人に“どうぞ”と演者に取り次ぐまではまだよいのだが、質疑応答の詳細が分からない。何とかごまかしたものの、もう座長は出来ない、引き受けてはいけない、とショックな思いをした。
最近、通販の広告にいやに補聴器のそれが多い。
自分の難聴を気にしだしてから目につくようになったのだろうが、見ると、結構高価である。
もう30年も昔、トイレで新聞が読めなくなった。本を離して読む。小さい字が読めなくなった。こっそりスーパーで眼鏡を買った。
その眼鏡は確か1000円か2000円、さしたる負担にはならなかったが、補聴器はそうは行かない。高い。
いろいろ尋ねてみると、安いのは単に集音機、全部の音が大きくなるだけで、言葉の区別は出来ません。始めに安いのを買った方々も結局はオーダーメイドの高いのを買われます。そうですね、値段は30万円から50万円というところでしょうかという。
もう10年も前だったか、家人が高価な補聴器を買った。
自分の難聴を自覚するようになってから、補聴器の効果の程を家人との会話から振り返ってみると、聞こえていないことがよくある。
「言った」、「聞いていない」
「いや言った」、「いや聞いていない」
「聞いてないじゃなくて聞こえてない」「いや言っていない、自分で勝手に言った積もりになっているだけよ、惚けたのよ」、と喧嘩である。
先の知友に効果の程を尋ねても、「まあね」という。
眼鏡にはもうすっかり慣れ、既に体の一部、これなしにはどうにもならない。
車の運転免許にも眼鏡使用が条件とある。さすがにもうスーパーでは買わないが、これまでに遠近両用、老眼専用と幾つ買ったことか。
「ことば」が「ソフトバンク」ではいささか問題なので、そろそろ補聴器をとも思うのだが、高価な割りにはまだ性能的にもう一つ、それにまだ普通の会話はできる、まだ聴こえるという思いがある。それに「ソフトバンク」はもうそろそろ…という天の声にも聞こえ、このまま、そのそろそろに…、そう思っている。
(C)Kagoshima City Medical Association 2009