=== 新春随筆 ===

感 染 制 御 か ら 考 え る こ と

鹿児島県医師会理事

     水間 良裕
 新春のお慶びを申し上げます。
 研修医の頃、大変お世話になった編集委員長の宇根文穗先生名で寄稿依頼が届き、筆不精の私にしては、早めに原稿を書き上げた。
 現在、平成19年11月1日。カレンダーをめくると、美しい英国の湖の雪景色。今日は、少しは涼しいが、先日は台風が南大東島を北上して行った。
 新春は新春らしく、凛とした気候であることを願っている。
 さて、ICD(Infection Control Doctor:感染制御専門医)は、現在本県内に約50人、これに数人のICN(感染制御専門看護師)、ICPh(感染制御専門薬剤師)を加えて、ICT(感染制御チーム)ネットワークを作り、主に院内感染防止や日常の感染制御活動を行っている。
 私も、その一人で、県医師会公衆衛生委員会のメンバーとしても、鹿屋市での講演会のお手伝いなどにおじゃましている。
 今回、ICD更新の為の講習会に参加してきた。
 日本感染症学会東日本地方会総会、日本化学療法学会東日本支部総会合同学会の中のシンポジウムのひとつであった。インフルエンザ、ノロウィルス、耐性菌多発時の対策などの演題があったが、ユニークであったのは、東邦大学医療センター呼吸器診断部、外科学第3講座の草地信也先生の演題だった。題して、術後感染対策−今、米国のシステムから学ぶものはあるのか?−。
 私なりにまとめると、術後感染症は術野感染SSI(Surgical Site Infection:手術部位感染)と術野外感染(Remote Infection:遠隔感染)に分けられる。
 欧米、とくに米国で、SSI(術後感染症)と考えられているが、その頻度は高いものの、縫合不全による腹腔内膿瘍などを除けば、比較的軽症で耐性菌による院内感染も起こしにくい。それにもかかわらず、SSI対策が重視されるのは、米国の感染制御は、院内感染を防ごう、減少させようというスタンスではなく、利益最優先のために、コストがかかる院内感染を減少させようとしている。クリニカルパスも、その為のツールである…等々。
 私も、故大井好忠教授のご指示で、ニューオーリンズのチュレーン大学泌尿器科で学んだが、基礎部門であった為、トップバッターで彼の地に留学された川原元司先生に意見をうかがった。先生の印象では、まず、日本では一人の患者さんを入院、検査、手術、抗菌剤の選択を含めた術後管理、退院までの全てを同じ主治医団が行っている。米国との差を見せつけられたのは、マンパワーとハード面だったとの事。鹿大でも、今、しくみが動きはじめているが、SSI発生時には、ナースからの報告でICTが対応する。大井教授からも、麻酔は麻酔医が導入するが、維持管理には、Nurse Anesthesiologist(麻酔専門看護師)が、かなりの活躍をすると教わった。いわゆる、分業とチーム医療がかなり進んでいる。
 しかし、それが全て良いとは限らない。人種のるつぼの契約社会でこそ患者側からも受け入れられる仕組みかも知れない。
 しかし、一度退院して、縫合不全をおこし、敗血症をおこして入院すれば、ほとんどが個人の医療保険であるから、翌年の掛け金が増加する。命が助かっても、莫大な借金を抱えてしまう。
 事実、米国人の自己破産の第一位は医療費の不払いであるとは、草地先生の弁。まさに、映画「SiCKO」の世界だ。
 日本の場合、医療のフリーアクセスと国民皆保険があり、指が3本切断されて、救急病院に飛び込んでも、まず、予算があるかなどと患者さんが聞かれる事はなく、医師は最善の努力をする。
 しかし、一方では、これが夜間小児救急医療の現場などに崩壊の危機をもたらしているのは周知の事実。
 メディファックス等に流れてくる経済財政諮問会議のメンバーの意見を見ると、目は米国式を向いている。対応する厚労省が編み出した、特定健診、特定保健指導も、開始時にはどうなっていることやら。国民皆保険制度の堅持という点では、日医も厚労省も同じ立場。
 こういう時には、中庸を取るのが先人の知恵であるが、果たして、この勝負、落としどころをどうするか。悩ましいが、ピンチの時に滅びる事はない。
 むしろ、絶頂期が危ないのは世の常。
 ピンチを裏返せば、チャンスという文字が待っている。




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