鹿市医郷壇

兼題「素性(すじょ)」

(338) 永徳 天真 選




武岡 志郎

氏素性を言で娘盛ゆ嫁っ外じっ
(うじすじょを ゆでおござかゆ いっはじっ)

(唱)何が幸せじゃいかが大事
(唱)(ないが幸せ じゃいかが大事)

 結婚感も時代とともに変わってきているようで、今では結婚適齢期も、あってないようなものかもしれません。
 結婚相手の素性を無視することはできませんが、とやかく言い過ぎると折角のご縁もなくなってしまいます。
 娘盛りを、勿体無いとか、可哀想だと思う気持ちがうまく詠まれています。




紫南支部 紫原ぢごろ

安し鰻素性を辿たや中国産
(やしうなっ 素性をたどたや ちゅごっさん)

(唱)産地表示を見て棚ね戻でっ
(唱)(産地表示を みてたねもでっ)

 医薬品もそうですが、肉まん事件以後中国製品に対する不信感が、消費者に根付いています。身体に悪影響を与える品物が市販されることは大問題です。また安さは魅力でも、品質管理をされた安心できる商品でなくてはなりません。
 中国産の鰻までとばっちりをうけましたが、皮肉が効いた句となっています。




大崎町 植村聴診器

気取らんじ素性が物言て品があっ
(きどらんじ 素性がものゆて ひんがあっ)

(唱)自然体かあ美しオーラ
(唱)(自然体かあ うつくしオーラ)

 自分のことをあまり自慢し過ぎると、聞いている人は白けてしまいます。
 この前、亀田対内藤のボクシングの世界戦がありましたが、あの亀田の自信過剰も墓穴を掘ってしまいました。
 他人の目というのは正直で、見ている所はしっかり見ています。ひけらかさない品格が一層際立った句となっています。


 五客一席 上町支部 吉野なでしこ

メル友にゃ素性が知れんちさばを読ん
(メル友にゃ 素性がしれんち さばをよん)

(唱)会えば両方でひっ驚いが
(唱)(あえばまんぼで ひったまがいが)


 五客二席 武岡 志郎

欲が出っ素性も分からん奴い嵌っ
(よっがでっ 素性もわからん というたっ)

(唱)どこん馬ん骨とも知れじ
(唱)(どこんうんまん ほねともしれじ)


 五客三席 伊敷支部 矢上 垂穗

悪奴が素性を明かさん恐えネット
(わるごろが 素性をあかさん こえネット)

(唱)てぐすねをひっ犯罪が待っ
(唱)(てぐすねをひっ 犯罪がまっ)


 五客四席 紫南支部 紫原ぢごろ

顔よっか素性じゃっどち嫁選っ
(つらよっか すじょうじゃっどち よめえらっ)

(唱)祖母ん言通いで間違げは無かろ
(唱)(ばぼんゆといで まっげはなかろ)


 五客五席 大崎町 植村聴診器

素性なんど聞っわけいかじ迷よ採用
(素性なんど きっわけいかじ まよさいよ)

(唱)目ん輝っが良でひっ決めっ
(唱)(目んかがやっが えでひっきめっ)


秀  逸

清滝支部 鮫島爺児医

素性ん良か馬あ勝手にゃ恋や出来じ
(素性んよか 馬あ勝手にゃ こやでけじ)

素性ん良か猫が鼠にちょくられっ
(素性んよか 猫がねずんに ちょくられっ)

悪りは悪り良かた良かとでそいも素性
(わりはわり よかたよかとで そいも素性)


錦江支部 城山古狸庵

焼酎飲んの素性じゃろ猪口くば取っ手付
(そつのんの 素性じゃろちょくば とってつっ)

素性だけじゃ総理ん座いにゃ居やならじ
(素性だけじゃ 総理ん座いにゃ おやならじ)

父親と同等素性じゃろ総領は又離婚
(おやとづつ 素性じゃろすよは 又わかれ)


武岡 志郎

街つ歩っ顔黒娘ん知れん素性
(まつさるっ ガングロおごん しれん素性)

猫被っ素性を明かさん夜の蝶々
(ねこかぶっ 素性をあかさん よいのちゅちゅ)


大崎町 植村聴診器

素性で競っやっぱい勝った福田首相
(素性でせっ やっぱい勝った 福田しゅそ)


紫南支部 紫原ぢごろ

素性ん良か嫁を貰ろえち孫い言っ
(素性んよか 嫁をもろえち 孫いゆっ)


作句教室

 郷句味について、三條先生が著書の中で書かれているその一部を紹介します。
 郷句味とはどんなものであろうか。次の作品を味わっていただきたい。

@下手な字で配給袋い名をば書っ
 (へたな字で はいきゅぶくろい 名をばけっ)

A下手な字で配給袋ん名の大さ
 (へたな字で はいきゅぶくろん 名のふとさ)   南北

 ほとんど同じようにみえるけれども、実はこの二つの句には、大きな違いがあるのである。即ち、@の句は、配給袋に名前を書いたというだけで、単なる説明であり報告に過ぎない。ところがAの句には、「もっと小さく書けばよいのに、下手な字で大きな名前を書いたもんだ」という作者の目がはたらいている。つまり、「名の大(ふと)さ」に、作者の皮肉がある。
 このように作者が、あることに対して、どう思ったか、どう見たかによって、皮肉のきいた句、穿(うが)ちのきいた句、ユーモラスな句になったりするわけである。
 言いかえれば、郷句味とは、作者の見方であり、感じ方である。だから、どんな滑稽な言葉であっても、それが作者の目を通し、心を通した言葉でなければ、それは説明や報告に過ぎない。
 自分でどんなにおかしかろうと、どんなに面白かろうと、それが読者に伝わってこなければ、単なる自己満足でしかない。読み手の共感を呼び、共鳴を得られるものでなければ、郷句味があるとは言えないのである。


薩摩郷句鑑賞 9

巴里り行たっ甘藷取いの夢を見っ
(パりいたっ からいもといの 夢をみっ)
実方 天声

 このごろは、新婚旅行も大部分が外国というから、世界も狭くなった感じである。
 年がら年じゅう働いていた農家の人たちも、農協あたりの世話で、海外旅行をすることも珍しくなくなった。しかし、パリのホテルで、甘藷取りの夢を見たとは、いかにもありそうなことで、誠にユーモラス。
 ※三條風雲児著「薩摩狂句暦」より抜粋



薩 摩 郷 句 募 集

◎新年号
題 吟 「 加減(かげん) 」
締 切 平成19年12月5日
◎2 号
題 吟 「 煩悩(ぼんの) 」
締 切 平成20年1月7日
◇選 者 永徳 天真
◇漢字のわからない時は、カナで書いて応募くだされば選者が適宜漢字をあててくださいます。
◇応募先 〒892−0846
 鹿児島市加治屋町三番十号
 鹿児島市医師会『鹿児島市医報』編集係
TEL 099-226-3737
FAX 099-225-6099
E-mail:y-ishigaki@city.kagoshima.med.or.jp


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