=== 随筆・その他 ===

鹿児島市医師会臨床検査センターに
T R A b(第3世代)が導入されました


 しぶや甲状腺クリック 院長  渋谷  寛
 甲状腺中毒症は甲状腺ホルモンの血清中濃度が上昇することにより代謝亢進が引き起こされる臨床症候群で,その原因の約70%がバセドウ病(甲状腺機能亢進症)で,残りが破壊性甲状腺炎(約20%が無痛性甲状腺炎,約10%が亜急性甲状腺炎)になります。
 甲状腺中毒症の鑑別に有用なTSH受容体抗体(TSH receptor antibody : TRAb)(第1-3世代)の測定は鹿児島市医師会臨床検査センターでは外部委託されていたそうです。しかし本年の4月2日より自施設で行うことが可能となり,数時間で結果がわかるようになりました。そのため甲状腺中毒症の診断が,かなりの頻度で受診当日にできるようになりました。そこで(釈迦に説法になり申し訳ありませんが)甲状腺中毒症の代表的疾患であるバセドウ病の診断・治療の歴史とTRAbの各世代の比較について若輩ながら述べさせていただきます。
 甲状腺機能亢進症と破壊性甲状腺炎は,治療法が異なるため正確に診断することが肝要です。最も確実な診断方法はヨードやテクネシウムを使用したシンチグラフィーですが,費用や煩雑性のため一般的ではなく,また施行できる施設も限られるため症例を選択して行われているのが現状です。そのため通常は理学的所見や超音波検査,血液検査などを総合的に判断し診断されています。
 甲状腺ホルモン合成の指令を出すのは脳下垂体によって産生される甲状腺刺激ホルモン(TSH)です。甲状腺の表面にはこのTSHに対する受容体(レセプター)が存在します。TSHが受容体と結合するとその刺激により甲状腺ホルモンの合成と分泌が行われます。
 バセドウ病の患者さんでは,体質の変化により自分の甲状腺が異物とみなされ,この受容体に対する自己抗体,いわゆるTSH受容体抗体(TRAb)が産生されてしまいます。この抗体がTSHの代わりにTSH受容体と結合して甲状腺を過剰に刺激するために,甲状腺ホルモンが必要以上に作られてバセドウ病を発症してしまいます。
 バセドウ病の治療は1880年代に始められ,1920年代からは甲状腺亜全摘術が標準術式となりました。1954年になりアイソトープ治療が行われるようになりました。本邦での抗甲状腺薬による治療はメルカゾールが1956年に,プロパジールが1965年に発売開始となりました。ヨウ化カリウム丸も含めた三剤が現在も使用されている抗甲状腺薬ですが,抗甲状腺薬の副作用のうち無顆粒球症,劇症肝炎は極めてまれではありますが,死に至ることもあるため,正確な診断と適切な管理が必要になります。
 前述のようにバセドウ病の治療は手術療法が先行し抗甲状腺薬による内服治療が最後に始まったという通常とは逆のパターンで行われてきた歴史があります。3種類の治療法の長所・短所は他稿に譲りますが,最近では抗甲状腺薬とアイソトープ治療が主に行われています。手術の適応は狭まり限られた症例に行われるようになり,標準術式も甲状腺亜全摘術から甲状腺全摘術に変遷しています。
 TRAbの測定法は開発が進み,現在は第1世代から第3世代までの3種類の試薬が使用されています。第1世代試薬は感度・特異度とも十分とはいえなかったために,診断確定にシンチグラフィーの併用が必要な症例も少なくなく,結果判明にも時間を要しました。第2世代試薬は感度・特異度ともに上昇しましたが,第1世代試薬と同様に結果が判明するまでに3-4時間かかるため,医療現場のニーズに十分に応えることができませんでした。現在,主に使用されている第3世代試薬は患者検体中のTRAbと非常に近い反応をする試薬抗体を使用することでより高感度になり,さらに自動分析機器での測定が可能になったため短時間で結果が判明するようになりました。
 私が勉強させていただいた野口病院では“甲状腺中毒症の診断を行うときは,必ずシンチグラフィーを行いなさい”と野口史郎先生から厳しく指導されました。第2世代試薬TRAbの時代は判明時間に時間を要したこともありますが,感度・特異度が上がったとはいえTRAb陰性のバセドウ病も少ない頻度ではあるが存在すること,亜急性甲状腺炎や無痛性甲状腺炎に併発したバセドウ病も存在するからで,シンチグラフィーは絶対的な診断力を有します。実際に他施設から抗甲状腺薬による無顆粒球症の患者さんが紹介となり担当させていただきました。結論から申しますとその患者さんの診断はTRAb陽性の破壊性甲状腺炎で,シンチグラフィーで確定診断に至りました。幸いに大きな問題なく退院となりましたが,貴重な症例を経験させていただけたと思っており,現在でも少しでも不安があるときはシンチグラフィーを行うようにしています。
 すこし話がそれましたが,第3世代試薬になりTRAbの感度・特異度はかなり上昇しました。しかしTRAb陰性のバセドウ病の存在やTRAb陽性の破壊性甲状腺炎の存在など,慎重な診断を要する症例があるという認識は非常に大事なことかと思います。
 鹿児島市医師会臨床検査センターでは,本年の4月2日より今まで外部委託していたTRAb(第3世代)の測定を自施設で行うことが可能となりました。今までは再委託先のエスアールエル八王子のラボで測定されていたそうで,移送などの問題でどうしても結果判明まで数日間を必要としたそうです。しかし今後は至急検体でご依頼頂くと数時間で結果が判明するそうです。
 甲状腺機能亢進症は放置しておくと生命に危険を及ぼすこともあります。しかし今回のTRAb(第3世代)の導入により甲状腺中毒症の診断がほぼ当日行うことが可能となり,受診当日に適切な治療が開始できるようになりました。TRAb(第3世代)は初診時の診断だけではなく抗甲状腺薬の減量や休薬のメルクマールにもなります。感度・特異度の上昇によりほとんどの症例でシンチグラフィーを行わなくても症例によっては確定診断することが可能となりました。弊クリニックでも診察当日にTRAb値を確認できるようになり甲状腺中毒症患者さんの速やかな診断・治療が行えるようになりました。そのためこれまで以上に迅速で適切な医療が提供できると実感いたしております。
 今回の導入は我々,甲状腺疾患を生業とするものにとっても患者さんにとっても朗報であり,その恩恵は計り知れないと思っております。
 稿を終えるに当たり,今回の導入にご尽力いただいた鹿児島市医師会臨床検査センター吉田成吉 副センター長はじめ職員一同の方々に深謝申し上げます。




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