=== 新春随筆 ===

         「人 口 オ ー ナ ス」




 南区・谷山支部
(鹿児島赤十字病院)  武冨 榮二

 日本において,第二次世界大戦直後の1947年から1949年に生まれた世代を団塊の世代と呼ぶが,この言葉は,堺屋太一の小説「団塊の世代」に由来している。厚生労働省はその白書において,「団塊の世代」ではなく「団塊世代(1947年(昭和22年)〜1949年(昭和24年)」と定義し,この3年間の年間出生数は260万人を超え,3年間の合計出生数は約806万人にのぼると報告している。この世代は,まず2015年にすでに65歳以上の前期高齢者に達しており,「団塊世代」が75歳以上の後期高齢者になる年として,2025年問題が指摘され,多方面で大きく取り上げられている。これまで,国を支えてきた世代が給付を受ける側に回るため,医療・介護・福祉などのサービス需要が高まり,社会保障財政のバランスが崩れると危惧されている。
 まさに,日本は世界でも類を見ない少子,超高齢社会を迎えつつある。インターネット等を検索すると,経済学者や経済産業省等から“人口ボーナスと人口オーナス”と題した情報が,数多く発信されている。人口ボーナス,オーナスは経済用語であり,ある社会が「多産多死」の社会から「少産少子」社会に切り替わる際,人口構成比の子供が減り,生産年齢の人口が多くなった状態を人口ボーナス期と呼ぶということである。その時代は高齢者が少なく,労働力が豊富なため,社会保障費が少なくてすみ,経済発展をしやすいとされ,現在の中国,シンガポールやタイがそれにあたるという。日本の人口ボーナス期は,1960年ごろから始まり,90年ごろすでに終わっており,そして一度人口ボーナスが終わると,二度とこないとも述べられている。それに対し,人口オーナスというのは,人口構成の変化が経済にとってマイナスに作用する状態であり,働く人よりも支えられる人が多くなる状況と説明されている。オーナス(onus)とは,「重荷,負担」という意味で,日本では,少子高齢化が顕著になってきた90年ころから人口オーナス期に入ったとされており,まさに高度成長期からバブル期,そしてバブルの破綻は,経済学的には必然でこれからの人口オーナス期には,団塊世代が世の中の「重荷,負担」になるとも読み取れる(図1)。
図1

 まさにバブル破綻後の失われた20年はこの理論からは必然とも書かれている。このように,人口オーナスはすでに日本の経済社会に大きな影響を及ぼし始めていることが,経済学者等により発信されているが,同時に医療問題と地域問題への影響も指摘されている。
 医療においては,人口オーナス期には,医療費が相対的に増加し,国民経済に占める医療の割合が高まるという。このこと自体は問題ではなく,新たな産業,雇用機会が生まれるという点を評価すべきだが,問題はその費用をだれが負担するかであると指摘している。現在の制度下で医療サービス水準を維持しようとすると,必然的に生産年齢の負担が増えることになり,医療の効率化を高めることが必要となる。地域もまた人口オーナスで大きな影響を受けるとし,都道府県ごとの人口オーナス度合いを計測し,今後を展望すると@人口オーナス度の低い都道府県ほど発展地域が多く,人口オーナス度の高い県ほど地方部で,相対的に経済発展が遅れている地域が多いことA生産年齢人口が発展地域に移動する傾向が続くと,人口オーナスの地域差はさらに開くと述べられている。
 そこで,この2つの問題を一体的にとらえ,医療の効率化と地域の活性化を同時に実現しようという「まちなか集積医療」の考え方が提唱されている。これは,中心市街地の空洞化に悩む地方都市中心部に医療施設を立地させてはどうかという提案である。医療は典型的なサービス産業であり,サービス産業は本質的に集積の利益が大きく,病院の規模が経営効率を高める,具体的には病床数が多いほど,病床の回転率,医業収益比率,入院患者一人当たり収益が高いことが明らかになっており,分散立地している小規模な病院を都市中心部に集積し,規模を拡大することが,医療の効率化につながるという考えである。次に,医療施設の都市中心部への立地を促すことは,中心市街地の空洞化問題の1つの解決策となり,医療が集積することで中心市街地の人口密度が高まれば,コンパクトな都市が形成され,他のサービス業者の活性化,さらには行政サービスコストの低減にも資すると提案している。おそらく,医療の世界における地域包括ケアシステムの構築などの考えは,これらの経済効率の考え方の影響を大きく受けているものと考える。
 他に,最近インターネットで注目を浴びている話題に,平成29年5月に経済産業省の事務次官,若手プロジェクトより出された「不安な個人,立ちすくむ国家−モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか−」と題した提言がある。これは,1950年代生まれと1980年代生まれの人生を比較し,サラリーマンと専業主婦で定年後は年金暮らしという「昭和の人生すごろく」のコンプリート率(達成率)はすでに大幅にさがっており,早急な社会システムの改革の必要性を訴えたものである。そこでは1950代生まれの標準的生き方を「昭和の人生すごろく」と題し,学校卒業後は新卒一括採用で正社員になり定年まで勤め上げる,その後は年金・退職金暮らしという「仕事」コンプリート,そして結婚して,出産して,添い遂げるという「家族」コンプリートはすでに大幅に下がっており,「昭和の標準的でない(?)人生」への社会システムの大転換が待ったなしになっていると訴えている(図2)。確かに日本の将来を考えると,根本的な社会システムの変革が必要な事には全面的に同意するが,国民に危機感を持ってもらいたいという強いメッセージではあるが,少し乱暴な分析と感じるし,医療・介護などの社会保障を経済学的効率化の観点からだけで議論するのはいかがなものかとも思う。世界一の長寿国に日本を押し上げたのは,日本の医療システムと医療従事者の献身的努力によるものと考えるし,少なくとも日本の高度成長を支えた世代に失礼だという気持ちを感じてしまう。一読すると,若手官僚の危機感をもった熱い志を感じたが,前提に高齢者向け予算をカットするという方向性があり,何か上から目線の提言に思えてしまうのは私だけでしょうか?
図2
参考書籍
1)人口負荷社会. 小峰隆夫著. 2010.
2)不安な個人,立ちすくむ国家. 経産省若手プロジェクト著. 2017.




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