=== 随筆・その他 ===

係争の疑いある事例の事故調査は中断すべき
中央区・清滝支部
(小田原病院) 小田原良治

 筆者は,鹿児島市医師会医療事故調査制度支援センター委員会の委員長を拝命し,医療事故調査制度の正しい理解と対応につき,繰り返し研修の場を設けてきた。このなかで,今回の医療事故調査制度は,とてもいい制度であり,「医療安全」の制度として構築されたことを説明するとともに,そのなかに,危険が潜んでいることも事実であり,運用に注意すべきであると述べて来た。この筆者が危惧した「医療安全のための事故調査報告書の係争への転用」が現実と化したのではないかと思われる事例が報道されたので,この問題につき記すとともに,安易なセンター報告の危険性,医療事故調査報告書の記載内容の危険性につき警鐘を鳴らしたい。

医療事故調査制度開始2年で報告数751件
 2017年(平成29年)10月10日,医療事故調査・支援センター(センター)の役割を担う,日本医療安全調査機構は医療事故調査制度開始から2年間の報告件数は751件であり,そのうち,476件で院内調査結果の報告がなされたと発表した。センター調査の依頼件数は,43件であり,そのうち,医療機関からの依頼が11件,遺族からの依頼が32件あったようである。センター調査を終え,その結果を医療機関および遺族に報告したものは1件であったという。妥当な数字であろう。
 センターへの相談件数は,2年間の累計で3,732件であり,「医療事故報告の対象に該当するか否かの判断」に関するものが1,438件もあったという。
 筆者は,鹿児島市医師会医療事故調査制度サポートセンター研修会で,「センターと支援団体の役割分担」について,「医療事故調査制度の施行に係る検討会」の論議過程を紹介し,当初案が図1上図であったものを,筆者らの主張により図1下図の如く修正されたことを述べた。この「医療事故調査制度の施行に係る検討会」の議論の経緯を理解すれば,医療事故に該当するか否かの相談は当然支援団体に持ち込むであろうと考えられるが,現実には,今回の日本医療安全調査機構の現況報告のように多くの人がセンターに相談をしているようである。報告数を増やそうとしているセンターが相談を受けるということは,報告を促す方向にバイアスがかかる恐れがあろう。
 このセンター発表の「医療機関および遺族への報告」の第1例がどの事例であるかを筆者は知らない。ただ,次に述べる事例でないことを祈るのみである。


     図 1 支援団体とセンターの役割分担を修正(相談業務を支援団体へ拡充)

恐るべき新聞報道
 このセンターの現況報告発表の3日前,10月7日の読売新聞夕刊は,実名で,以下のように報道している。「●市の産婦人科医院『●クリニック』で1月,無痛分娩をした女性が死亡した事件で,専門医らでつくる医療事故調査委員会が報告書をまとめ,院長・●容疑者(業務上過失致死容疑で書類送検)による容態急変時の処置について『蘇生に有効とはいえなかった』と指摘していたことがわかった。・・・医学的見地からもミスが裏付けられた。2015年に始まった医療事故調査制度に基づき,第三者機関『医療事故調査・支援センター』(日本医療安全調査機構)が実施。産婦人科医や麻酔科医らが,●容疑者らから聞き取りなどを行った。読売新聞が入手した報告書によると・・・この判断について,『血流の改善が主たる効果で,蘇生のための気道確保に有効とはいえない』とした。・・・人工呼吸が優先されるべきだったとした。」
 この読売新聞の記事が事実とすれば,センター報告書を新聞社が入手しているととれるであろう。少なくとも,何らかの調査報告書を読売新聞が入手しているという記事である。事故調査報告書が,係争の具はおろか,刑事捜査の資料として使われ,さらに報道機関に流出しているというとんでもない事態が起こっていることとなる。

センター調査報告書の係争への利用の危険性
 2015年(平成27年)5月8日発,厚生労働省令第100号は,センター報告に際し,管理者に非識別化の義務を課している。また,センターの果たすべき機能は,本誌第56巻11号にも記したように,複数の病院からの報告を収集,分析し,共通の再発防止策を提案することにある。非識別化・一般化し,再発防止策を検討するが,再発防止策は,個人の責任追及とならないように注意し,当該医療機関の状況及び管理者の意見を踏まえた上で記載しなければならない。一方,医療法第6条の17は,センター調査終了時は,その調査の結果を管理者及び遺族に報告することとされており,センターはセンター調査に際して,責任追及の結果にならぬように慎重に対処しなければならない。
 読売新聞の記事のとおり,報告書が読売新聞の手中にあり,医療機関名等が実名で報道されているとすれば,院内事故調査報告書かセンター調査報告書のいずれかが流出していることとなる。いずれの報告書が流出したとしても,事故調査報告書が係争の具として使われたこと自体が大きな問題である。ましてや,報告書が捜査機関の手にあるとすれば,まさに医療安全の制度としての医療事故調査制度の根幹を揺るがす問題といえよう。また,報告書の内容に新聞報道のように,「蘇生に有効とはいえなかった」「人工呼吸が優先されるべきだった」などの評価の記載があったとすれば,報告書のあり方そのものも問題とすべきである。
 2016年(平成28年)9月23日,一般社団法人全国医学部長病院長会議は,全医・病会議発第196号で,「未来に渡って予測することは不可能であるが,現に事故調査報告書が係争の具として利用されることが明らかな場合には,医療安全の確保という制度の目的に鑑みて,貴機構(一般社団法人日本医療安全調査機構)において今回の法に規定される作業は行わない。係争の手段として行われる事象は全て,この法の埒外にて処理されるべきである。」と申し入れを行っている。これに対し,同年12月1日のm3.com医療維新記事「木村壮介・日本医療安全調査機構常務理事に聞くVol.3」は,「紛争の有無にかかわらず,粛々と調査をして対応する」「調査結果がどのように使われるかは,我々が関与するところではない」という木村壮介常務理事の発言を載せている。全国医学部長病院長会議の提言は正当なものであり,木村壮介常務理事の発言が暴言であろう。医療安全の制度という医療事故調査制度の趣旨に鑑み,事故調査報告書が係争の具として使われるおそれのある場合には,院内調査であれセンター調査であれ,医療事故調査は,その時点で,一旦中断すべきである。

おわりに
 読売新聞報道が事実で,センター報告書が紛争に利用されたとすれば,全国医学部長病院長会議の「申し入れ」を無視してセンター調査を行った日本医療安全調査機構の責任は重大である。ただ,10月20日発,日医発第705号によれば,センターは,「平成29年10月7日付読売新聞記事(夕刊)につき,全く裏付けのない記述があり,読売新聞社大阪本社に対して記事削除を申し入れた」とのことである。読売新聞報道が全くの虚偽であったとすれば,この報道機関の行為は許すべからざるものである。しかし,一方,これまでのセンターの言動から考えれば,センター報告書の係争への利用は十分にありうることであり,センター発表の第一例目のセンター報告書が本事例ではないかと思わせるところに,現在のセンターの問題点があると言えよう。本事例が第1例目のセンター報告書か否か,筆者は知らない。しかし,個別事例が係争となる可能性が生じた時点で,院内事故調査であれ,センター調査であれ,直ちに,事故調査を中断すべきである。全国医学部長病院長会議の提言のとおり,係争事例では事故調査を中断すると,制度運用の要であるセンターは明言すべきなのである。



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