=== 随筆・その他 ===


-厚労科研費研究班の混迷から日本医療法人協会
医療事故調ガイドラインへ-
中央区・清滝支部
(小田原病院) 小田原良治

 2013年(平成25年)5月29日,厚労省案としてとりまとめられた「医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なあり方」(5月29日「厚労省とりまとめ」と言う)は,原因究明と再発防止という相異なる目的を一つにした欠陥のあるものであった。この二つの異質なものを同じ第三者機関で調査するということは重大な人権侵害につながりかねない。表1は原因究明(糾明)型と再発防止型の第三者機関の比較表である。この相容れない二つの目的を同じ機関で行ってはならないとWHOドラフトガイドラインも明示している。日本医療法人協会を中心とする全国的な反対運動の結果,医療事故調査制度は医療安全の制度として構築されることとなった。責任追及に結びつけないとの合意を得て,医療法改正の舞台は政治の場に移った。この後,省令・通知の作成のための動きが活発化するとともに,表の動き,水面下の動きが続いたのである。今回は,これらの動きについて述べてみたい(表2)。

表 1 原因糾明型と再発防止型第三者機関


表 2 医療法改正案から改正医療法施行に至る経緯

厚労科研費研究班(西澤班)の混迷
 2014年(平成26年)3月14日,厚労科研費による「診療行為に関連した死亡の調査の手法に関する研究班」の第1回会議が開催された。厳密にいうと「打ち合わせ会」が開催されたのである。医療事故調査制度のガイドライン作成の研究班として招集されたのであるが,改正医療法が国会で成立するのは7月なので,法律成立前の厚労省のフライングである。したがって,改正医療法成立までは,事前勉強会と称して会議が行われたのである。日本医療法人協会からは日野頌三会長が委員となっていたが,会長代理で筆者が出席することとなっていた。前日の3月13日は,日本医療法人協会医療安全調査部会の予定日であったため,筆者は12日に上京していた。個人的な話であるが,13日明け方,自宅から電話が入った。父が息を引き取ったのである。朝1便で急遽,鹿児島に引き返した。14日,15日の二日間通夜,16日葬儀と準備を整え,再度上京,14日の西澤班に出席した。親の臨終には立ち会えないものである。
 西澤班は初回から問題噴出であった。厚労省医療安全推進室と事前協議した内容,メンバーとも異なるものであった。前年末の三者会談での合意とも異なる背信行為である。改善していた大坪寛子医療安全推進室長との間が再び緊張関係となった。3月14日の西澤班の内容を日野頌三会長と協議,以後,筆者が代理出席することになる。

3月14日第1回西澤班で何があったのか
 2014年(平成26年)3月14日,「医療事故調査制度連絡会」(西澤班と同じ。翌年度の厚労科研費研究であるため,仮の名称)が非公開で始まった。厚労省科研費研究であり,研究申請者は,西澤寛俊全日病会長個人という位置づけであるが,実質は,厚労省医療安全推進室のお抱え研究班である。研究班の議論の出発点を2013年(平成25年)5月29日の「厚労省とりまとめ」に置くというのである。改正医療法は成立直前にあり,改正医療法のガイドライン作りのはずである。当然,議論の出発点は法案に置くべきである。論点整理の意見書提出にあたって,法律に基づくべきことを強く申し入れた。
 「法律による行政の原理」は,行政法の基本原理である。政省令・通知・ガイドラインなどは法律に基づいて作成されるべきは当然のことである。議論の最初から,立法の趣旨を省令・通知で曲げようとの態度は,国のあり方・行政のあり方の根本を揺さぶる問題である。
 論点整理としての厚労省からの求めに応じて,日本医療法人協会としての見解を厚労省に提出したが,この日本医療法人協会見解が,後の,「日本医療法人協会医療事故調ガイドライン」「医法協医療事故調運用ガイドライン」の原型である。
 3月14日の会議の後,厚労省からの見解を求める文書に「0番」(医療事故調査制度の基本理念・骨格)が追加された。「ガイドラインの検討を進めるため,共通認識をもっていただくよう」との記載があり,この基本理念・骨格部分に,5月29日厚労省とりまとめ(医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なあり方)の抜粋が記載されていたのである。これは,法案を基にせずに2013年(平成25年)5月29日の「厚労省とりまとめ」を基にすると宣言したようなものである。ここに記載されるべきものは,当然,法案の抜粋たるべきであり,5月29日「厚労省とりまとめ」の抜粋であってはならない。この部分は,医療事故調査制度の根幹に関わる部分である。日本医療法人協会は,法案無視の運営を厳しく批判する意見書を提出した。当時,筆者が厚労省に提出した「医療事故調査制度に関する見解」から,「0.医療事故調査制度の基本理念・骨格」部分をそのまま次の項に記載する。どのような争点があったのかご理解いただきたい。

厚労省の考え方提示と日本医療法人協会見解
「医療事故調査制度の基本理念・骨格」について
(厚労省の見解)

 基本的な考え方(医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なあり方(抜粋))
○原因究明及び再発防止を図り,これにより医療の安全と医療の質の向上を図る。
○医療機関は,診療行為に関連した死亡事例が発生した場合,まずは遺族に十分な説明を行い,第三者機関に届け出るとともに,必要に応じて第三者機関に助言を求めつつ,速やかに院内調査を行い,当該調査結果について第三者機関に報告する(第三者機関から行政機関へ報告しない)。
○院内調査の実施状況や結果に納得が得られなかった場合など,遺族又は医療機関から調査の申請があったものについて,第三者機関が調査を行う。
○診療行為に関連した死亡事例が発生した場合,医療機関は院内に事故調査委員会を設置するものとする。その際,中立性・透明性・公正性・専門性の観点から,原則として外部の医療の専門家の支援を受けることとし,必要に応じてその他の分野についても外部の支援を求めることとする。
○院内調査の報告書は,遺族に十分説明の上,開示しなければならない。
○第三者機関は,独立性・中立性・透明性・公正性・専門性を有する民間組織を設置する。
○第三者機関が行う確認・検証・分析は,医療事故の再発防止のために行われるものであって,医療事故に関わった医療関係職種の過失を認定するために行われるものではない。
○第三者機関は,全国に一つの機関とし,調査の実施に際しては,案件ごとに各都道府県の「支援法人・組織」と一体となって行う。調査に際しては,既に院内調査に関与している支援法人・組織と重複することがないようにすべき。
○第三者機関からの警察への通報は行わない(医師が検案をして異状があると認めたときは,従前どおり,医師法第21条に基づき,医師から所轄警察署へ届け出る)。
留意すべき事項
*上記の「基本的な考え方」に則ってガイドラインの検討を進めるため,共通認識をもっていただくよう改めて記載したもの。「基本的な考え方」に対するご意見伺いではないですが,医療事故調査制度の実行にあたり,特に留意すべき事項があればご記載ください。
 厚労省は,この会議は法案を基にするのではなく,2013年(平成25年)5月29日の「厚労省とりまとめ」を基にすると宣言したのである。5月29日「厚労省とりまとめ」から,パラダイムシフトして,法案成立に向かったことは,これまで記して来たが,法案を無視して,再び,5月29日「厚労省とりまとめ」に引き戻そうとする企てである。容認してはならない。日本医療法人協会は,この前提に真っ向,反論した。
 日本医療法人協会の意見書の前文を,そのまま,次に記載する。
(厚労省見解に対する日本医療法人協会の意見)
1)この議題の見解を述べる前に
○「医療事故調査制度」については,2013年(平成25年)1月23日に四病協合意,2月22日に日病協合意が発表され,病院団体としてのコンセンサスは得られている。その骨子は,医療安全・再発防止の制度と責任追及(紛争)の制度の明確な分離であり,WHOドラフトガイドラインに基づくというものである。
○2013年(平成25年)11月8日の第5回社保審医療部会に提出された「医療事故に係る調査の仕組み等に係る論点」において,「医療の安全を確保するための措置として,…」と医療安全のための法律であることを明記している。
○上記内容は,同年11月6日行われた,保岡興治衆議院議員,厚労省,医法協の三者会談で厚労省より示されたものであり(医法協ニュース第354号参照),この内容を受けて,日本医療法人協会は,法案成立への協力を約したものである。
○2014年(平成26年)3月14日の勉強会(西澤班)での当協会の意見は,正に,この点を指摘したものであり,この論点を整理し,「3月14日事前勉強会論点の整理」として4月9日の当会議に提出したものである。前文に記してあるように,5月29日「厚労省とりまとめ」の後,医法協との会談・社保審医療部会・橋本岳議員とのQ&A・自民党社会保障制度特命委員会厚生労働部会合同会議・閣議決定へと進歩して法案化に至っている。簡単に見ただけでも,とりまとめと法案との間には違いがあるため,法案を基に検討を行うべきであるという当然のことを提起したい。
○即ち,0番として記してあるごとく,ガイドラインの検討を進めるための共通認識としての提示であるならば,この0番に,「基本的な考え方(医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なあり方(抜粋))」が記載されているのは問題がある。ここに,記されるべきは,「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律(抜粋)」であるべきである。
○法案を基礎とせず,5月29日「厚労省とりまとめ」を基礎とするということは,国会軽視にもつながり,政治・行政のあり方に関わる問題となる可能性がある。
○以下は,議論の基礎としてではなく,単なる「医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なあり方(抜粋)」についての意見として記載する(議論の前提としての共通認識としての厚労省の見解を否定した上で,基本的なあり方についての,日本医療法人協会の見解を記載した。この見解が,後の,日本医療法人協会医療事故調ガイドラインの原型であり,今日の医療事故調査制度の原型でもある)。
2)「医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なあり方(抜粋)」についての見解
○原因究明及び再発防止を並列で同時に行う仕組みは機能しない(表1)。医療の内(再発防止)と医療の外(紛争)は明確に切り分けるべきものである。医療安全のための仕組みであるならば,医療安全・再発防止を図り,再発防止のために原因分析を行うとすべきである。
○再発防止のための仕組みであれば,行政機関への報告は必要ない。法案にある通り,行うべきは,院内事故調査である。院内事故調査委員会までをも設置して院内調査をするか否かは,当該管理者自らで決することである。助言を求めるか否かも,当該管理者自らの権限と責任において判断すべきことである。
  第三者機関が助言すべきことは,「死亡又は死産を予期しなかったもの」の定義の説明,報告等の事務手続き等であるべきである。報告は,法案にもあるように,当該管理者の権限と責任において行われるべきである。
  この時点の,遺族への説明は,報告後に院内調査を開始するものであるので,調査制度と今後の見込み,医療事故調査制度の仕組みの概要と今後の手続きの流れの説明にとどめるべきである。
○院内調査に納得が得られない場合は,遺族のみでなく当該医療者にとってもあり得ることである。したがって,納得が得られない場合は,遺族・当該医療者ともに管理者に申し出るべきものであり,管理者が管理者の判断で第三者機関に申請を行うべきものである。遺族・当該医療者等が納得せず,管理者が申請を出す状況にない場合は,既に紛争状態にあると考えられ,「再発防止の仕組み」である医療事故調査制度が関与するべきものではない。
  当該医療者の医療事故調査における免責なくして,再発防止の仕組みは機能しない。
○法案にある通り,行うべきは,院内事故調査であり,院内調査を行う手法として,院内事故調査委員会を設置して院内調査をするか否かは,当該管理者の判断である。外部の専門家の支援を求めるか否かも,当該管理者の判断である。また,当該医療者の責任追及の結果をもたらさないよう秘密保持に留意する。
  また,院内調査は,できる限り当該病院等のスタッフで調査を完結できるよう努める。自立性と自律性の原則に鑑み,安易に,第三者の専門家に丸ごと依頼するようなことは避けるべきである。
  院内調査は中立的に行うべきものではないし,完全に中立な人間など存在しない。院内調査は,再発防止・医療安全の推進を目的として行われるものであるから,現場の実態に即して密着して行うものである。医療の専門家には,当該専門領域の専門家,当該病院等と共通の現場・地域性に通じた専門家あるいは病院規模・経営主体により適切な人材が異なるなど種々のケースが考えられる。医療の専門家とは,専門医あるいは学会関係者のみではない。専門家の支援を求める際には,管理者は,当該事案に適した専門家を求めるよう努めるべきである。依頼すべき外部の専門家としては安全工学の専門家は必要であろうが,法律家は必要ない。法律家を必要とするのは,紛争処理であり,医療安全の組織においてではない。
○院内調査の報告は,遺族に十分説明すべきであるが,報告書は開示すべきではない。開示を行えば,再発防止の仕組みではなくなり,紛争と混乱が起こる。秘匿性・非懲罰性の原則は必須である。
○第三者機関は複数の民間機関であるべきである。唯一の組織であってはならない。
○本制度は医療安全・再発防止の仕組みであり,医療事故に関わった医療関係職種の責任追及・過失認定の結果をもたらしてはならない。秘匿性・非懲罰性は厳格に守らなければならない。
○第三者機関は複数認定すべきである。本制度は当該病院等の自主性・自律性に基づく院内調査を中心とするものであり,第三者機関を中心とするものではない。第三者機関の調査は,院内調査に優越するものではない。あたかも,第三者機関が優越するがごとき状況をつくってはならない。
○第三者機関関係者には厳密な守秘義務を課すべきであり,個別事例につき,警察その他行政機関への報告を行ってはならない。医師法第21条に関しては,田原課長発言,大坪室長発言に基づき,厚労省は誤解の解消に努め,死亡診断書記入マニュアルの法医学会ガイドライン参照文言を削除すべきである(以下,個別項目についての意見が続くが省略する)。
  これを見ただけでも当時の流れや,当時の日本医療法人協会の意見が医療事故調査制度の原型になっていることがお解りいただけよう。しかし,落着までの道筋は簡単ではなかったのである。再結成された「医療事故調査制度の施行に係る検討会」の論戦の結果,やっと現在の制度に落ち着いたのである。
  日本医療法人協会見解は,以後のガイドライン作成の基礎となっているので,全文を別稿で紹介することとしたい。

医療事故調査制度論議のなか,医師法第21条が外表異状で確定
 医師法第21条にいう異状死体の判断基準が外表異状で確定したのは医療事故調査制度論議の過程の貴重な成果であった。2014年(平成26年)6月10日,参議院厚労委員会において,小池晃議員の質問に対して,田村憲久厚労大臣が外表異状容認答弁を行った。以下,田村憲久厚労大臣の発言を議事録から抜粋する。
 「医師法第21条でありますけれども,死体又は死産児,これにつきましては,殺人,傷害致死,さらには死体損壊,堕胎等の犯罪の痕跡をとどめている場合があるわけでありまして,司法上の便宜のために,それらの異状を発見した場合には届出義務,これを課しているわけであります。医師法第21条は,医療事故等々を想定しているわけではないわけでありまして,これは法律制定時より変わっておりません。
 ただ,平成16年4月13日,これは最高裁の判決でありますが,都立広尾病院事件でございます。これにおいて,検案というものは医師法第21条でどういうことかというと,医師が死因等を判定をするために外表を検査することであるということであるわけであります。一方で,これはまさに自分の患者であるかどうかということはこれは問わないということでありますから,自分の患者であっても検案というような対象になるわけであります。
 さらに,医療事故調査制度に係る検討会,これ平成24年10月26日でありますけれども,出席者から質問があったため,我が省の担当課長からこのような話がありました。死体の外表を検査し,異状があると医師が判断した場合にはこれは警察署長に届ける必要があると,・・・」
 医師法第21条の外表異状は都立広尾病院事件の最高裁判決で,司法的には解決していたが,それまで,むしろ医療関係者の中で,外表異状否定発言があった。田原克志医事課長発言があったにもかかわらず,「一課長の発言では意味がない」と外表異状否定発言をする人々がいた。田村憲久厚労大臣発言により,医療界にも外表異状に異を唱える者がいなくなったというべきであろう。この小池 晃議員による質問については,東京保険医協会の功績が大きかったことを記しておきたい。
 医師法第21条は,「異状死」の届出義務ではなく,「異状死体」の届出義務なのである。そして,「異状死体」であるか否かの判断は,少なくとも診療関連死については,「外表異状」であるというのが結論である。

改正医療法成立
 2014年(平成26年)6月25日,「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」が成立し,医療法が改正された。厚労省は約束通り,医療安全の仕組みとしての法律とした。即ち,医療事故調査制度を医療法第3章「医療安全の確保」の第1節「医療の安全の確保のための措置」として位置づけた。医療事故調査制度は,法律上,明確に,「医療安全の仕組み」としての制度となったのである。責任追及・紛争解決の手段と無縁な制度として法律上はでき上がったのである。
 しかし,省令・通知を巡って混乱は続く。医療法改正を受け,それまで事前勉強会と称していた西澤班は,同年,7月16日,正式に,「診療行為に関連した死亡の調査の手法に関する研究第1回研究班会議」(西澤班と呼ぶ)としてスタートした。第1回会議では,「医療事故調査制度の基本理念・骨格」を以下の6項目に分けて検討することとなった。1.医療者の取り組み方針等,2.WHOドラフトガイドライン,3.訴訟との関係等,4.再発防止の考え方,5.業務・その他,6.今後の課題,である。細目として,①医師法第21条関係,②警察捜査との関係,③遺族の申請による医療事故調査の実施,④医療事故調査の対象の拡大,⑤費用負担,⑥周知広報,⑦制度施行後の見直し,⑧その他,であった。
 法律上は,医療安全の仕組みとして明確に位置づけられているにもかかわらず,西澤班はスタートから混迷に混迷を極めるのである。第1回会議で厚労省大坪寛子医療安全推進室長が,「このWHOドラフトガイドラインは現在,WHOのホームページから削除されている」と発言した。耳を疑った。会議後確認したところ全くの誤報であった。れっきとしてホームページ上に存在していたのである。
(http://www.who.int/patientsafety/implementation/ reporting and learning/en/)(現在は,WHOホームページから削除されている※)
 それだけではない。Downloadサイトがあり,確かに「WHOドラフトガイドライン」英語版がダウンロードされた。
 議論の根幹であるWHOドラフトガイドラインについて,厚労省担当者がとんでもないミスリードをしたということである。

※WHOドラフトガイドラインは,現在も下記アドレスからダウンロード可能です。https://www.jeder-fehler-zaehlt.de/lit/further/Reporting_Guidelines.pdf#search=%27who+draft+guidelines+for+adverse+event+reporting+and+learning+systems%27


第2回西澤班記者ブリーフィングの問題と第3回西澤班の混乱
 2014年(平成26年)8月6日開催の西澤班会議は,30分遅れて始まる異様な会議になった。筆者の随行員の坂根みち子医師(現場からの医療事故調ガイドライン検討委員会委員長)が,事務手続きの些細なミスを理由に,議長(西澤寛俊全日病会長)職権で退席させられたのである。しかし,主たる問題はこの退席問題ではない。そもそもの問題は,7月30日開催の第2回西澤班会議後の記者ブリーフィング内容に重大な瑕疵があったことである。
 第2回西澤班会議は,現場にとって重要な課題である「医療事故の報告に関する事項」が課題であった。改正医療法第6条10第1項の「当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」の規定に関わる事項であった。「予期した」か「予期しなかった」かということと過誤の有無は全く別の概念である。筆者は,報告すべきは「管理者」「医療従事者」ともに「予期しなかった」ものに限るべきであり,過誤とは切り離すべきであると主張した。他の委員からも法律に準拠して行うべきである旨の意見も出された。しかし,班会議は,モデル事業前提の出来レースで進行した。モデル事業は医療崩壊の原因となった第3次試案・大綱案に基づくものであり,今回の改正医療法とは枠組みが異なる。モデル事業ありきの進行は法からの逸脱であり,現場医療者の人権侵害につながる問題である。第2回会議は各委員の意見の聴取のみであり,何らコンセンサスの得られたものではなかった。ところが,会議後の記者ブリーフィングで,あたかもコンセンサスが得られたかのような広報を行ったのである。しかも厚労省が同席していた。日本医療法人協会が最も重要視している要部分であり,合意できるものではない。それを,あたかも合意したかのような報道は看過し難い。
 第3回の西澤班会議冒頭で,筆者は,「第2回西澤班記者ブリーフィングの撤回を要求」する声明を発表した。「言うべきことを言う」当然の行動である。ブリーフィングに厚労省が立ち会って権威づけを行ったことも問題にした。大坪寛子医療安全推進室長のWHOドラフトガイドラインのミスリード発言も訂正を求めた。西澤班は,更なる混迷を続ける。改正医療法第6条の10第1項は,医療事故の定義として,「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し,又は起因すると疑われる死亡又は死産であって,当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」とされており,「管理」は含まれていない。ところが,大坪寛子医療安全推進室長は,「この医療の中には管理も含まれます」と発言したのである。とんでもないことである。このような解釈などできるはずがない。現に,医療事故情報収集等事業においては,「医療又は管理に起因して」と明確に「医療」と「管理」を使い分けているのである。
 このような法律無視のガイドライン作成が厚労省の方針であるのか,法律の解釈に関わることであるので,直接,厚労省法令系上司に面会し,確認を求めた。厚労省法令系は,筆者らの解釈が正しいことを認めたのである。このような経緯で,今回の医療事故調査制度の対象から,「単なる管理」がはずれることとなった。
 管理が報告対象外であることの確認は重要である。創設された医療事故調査制度は,単なる管理は,報告対象外としている。施設管理,転倒・転落等,在宅でも発生するようなものは,今回の医療事故調査制度の報告対象外である。管理が報告対象外であることの確認をとった日本医療法人協会の行為は,大きな意義を有するのである。
 一方,日本医療法人協会ガイドライン作成委員会は,徹夜作業で,ガイドライン作成を急いだ。
 厚労省法令系は,西澤班の作業過程に疑問を募らせたのであろうと思われる。新たなガイドライン作成のための検討会が厚労省医政局の検討会として立ち上がることとなり,西澤班は梯子を外されるのである。それまで,厚労省ホームページに掲載されていた西澤班の記録は,厚労省ホームページから削除され,全日病ホームページへと移された。

医療事故調ガイドライン検討委員会中間報告と医療事故調ガイドライン
 西澤班の議論に疑念を感じた筆者は,2014年(平成26年)6月13日日本医療法人協会内に医療事故調査制度ガイドライン作成の委員会を立ち上げるべきであると提言し,医療安全調査部会の下に,医療事故調査制度ガイドライン作成小委員会を作ることが決定された。ただし,西澤班としてガイドライン作成の研究班が立ち上がっていることでもあり,日本医療法人協会もメンバーとなっている関係上,ガイドライン作成委員会の委員長は日本医療法人協会役員外から選任することとなり,坂根みち子医師(現場の医療を守る会代表世話人)にお願いすることとなった。メンバーは,現場の医療を守る会世話人を中心に選定することとした。
 振り返れば,絶妙のタイミングでの,日本医療法人協会独自のガイドライン作成決断であった。各委員がボランティアで夜を徹して議論してガイドラインをまとめることとなる。最強メンバーであった。
 日本医療法人協会医療事故調ガイドラインは,厚労省から示された課題に対して提出した「日本医療法人協会の見解」をたたき台とした。西澤班が混迷の最中に,早くも同年8月26日,「現場からの医療事故調ガイドライン検討委員会中間報告書」を公表することとなる。
 筆者らは,西澤班の混迷は,法律逸脱であり,「法律による行政の原理」の大原則にも反することになりかねないと判断。厚労省法令系と直接に意見交換を行うこととした。そのなかで,厚労省が新たな検討会の立ち上げを検討中であるとのニュアンスを得た。このため,急遽,中間報告から,夜を徹しての打ち合わせを行い,中間報告書発表から約1カ月後の同年10月1日には「日本医療法人協会医療事故調ガイドライン(現場からの医療事故調ガイドライン検討委員会最終報告)を発表。10月14日,橋本岳厚労政務官に最終報告書を提出するに至るのである。

医療事故調査制度の施行に係る検討会発足
 2014年(平成26年)11月14日,「医療事故調査制度の施行に係る検討会」が,厚労省医政局の検討会として発足することとなり,筆者も構成員として参加することとなった。突貫作業で,「日本医療法人協会医療事故調ガイドライン(現場からの医療事故調ガイドライン検討委員会最終報告)を取りまとめたのは前述の通りである。このガイドラインは,同年10月14日,厚労省橋本岳政務官に提出したが,厚労省からは,新たな検討会資料とすることの確約を得た。厚労省は,この新しい検討会発足に際し,「医療事故調査制度に関するQ&A」を公表。制度の目的は,医療の安全を確保するために,医療事故の再発防止を行うことであるとし,今回の制度は,WHOドラフトガイドラインの言う「学習を目的としたシステム」にあたり,非懲罰性,秘匿性,独立性が必要であることを明示した。再び,パラダイムシフトし,大きな一歩を踏み出す形で「医療事故調査制度の施行に係る検討会」が動き出す。日本医療法人協会医療事故調ガイドラインがたたき台となり,この「医療事故調査制度の施行に係る検討会」の報告書がそのまま省令・通知となるのである。

おわりに
 今回,「医療事故調査制度の施行に係る検討会」発足までの経緯を述べた。厚労科研費研究班(西澤班)の混迷に端を発し,日本医療法人協会は,独自のガイドライン作成を目指した。一方,厚労省は,新たな検討会を立ち上げることとなる。日本医療法人協会医療事故調ガイドラインが,新たな検討会のたたき台として認められるのである。この,「医療事故調査制度の施行に係る検討会」が最も重要部分であるので詳述したいが,その前に,経過を知る上でも,厚労省へ提出した「日本医療法人協会見解」,「現場からの医療事故調ガイドライン検討委員会中間報告」および,「日本医療法人協会医療事故調ガイドライン(現場からの医療事故調ガイドライン検討委員会最終報告)」の内容は,医療事故調査制度発足への貴重な資料なので,次回以降,これらの内容につき記載することとしたい。最後に,この過程において,橋本岳衆議院議員,石井みどり参議院議員のご理解があったことを特記しておきたい。

*医師法第21条は,警察への「届出」である。一方,医療事故調査制度では,「届出」ではなく,「報告」である。本稿で,「報告」であるべきところが,「届け」となっている部分があるが,これは厚労省の提示内容が「届け」と記載されていたため,そのまま記載した。医師法第21条は「届出」であり,医療事故調査制度は「報告」であることを追記しておきたい。




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